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『カレンシー・レボリューション』立ち読み 第121〜180段落

本ページで『カレンシー・レボリューション』 第121〜180段落を立ち読みいただくことができます。

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「大正の初めだよ」

「ということは宋子文※がハーバードに留学していたころだな。彼のことを直接知っているのか」

「ああ、友人だよ。向こうは偉くなって容易に会えなくなったが」

 宋子文は中国銀行の総裁である。ハーバードとコロンビア大学留学を終えて帰国後、孫文の革命に参加した。財政部長注として国民政府を財政面、金融面で支えてきたが、蒋介石との確執がもとで二年前に財政部長を辞している。

「じゃあオレは、この国で銀問題で最も苦慮している男の友達の目の前で銀密輸をしているということか」

と柳場はいって、鼻柱を掻きながら「それはすまんね」と、ぞんざいにいった。

「すまないとなど思っていないだろ」

と、小島が柳場の肩を軽く突くと、柳場は、

「ふふっ」

と鼻で笑った。

 会話が途切れた。

 山海関の長城は山から海に向かって連なっていて、さらに、長城を四角形の一辺として旧市街地を四角くとり囲む城壁が築かれている。ちょうど海の水を飲む龍の腹に子がいて腹が大きく膨らんでいるような形になっているのだが、腹の部分の城壁は首や尻尾の部分の城壁よりもずっと高く重厚である。小島たちの乗っている車から腹の部分の城壁がみえている。昼に下見をしたときには、五〇〇年以上も前にこんなものをつくったこの国の大きさと、それと対照的な日本の小ささをつくづく感じたのだが、夜に月明りのもとでそれをみると、また違った、怖いような感覚があった。絶対に越えることのできない壁にとりかこまれて、その壁が少しずつ距離を詰めてくる。そして最後には押しつぶされてしまうような、そんな感じがした。

 音のない闇が怖さの原因だと小島は思い、タバコに火をつけながら明るく、

「しかし、取り締まる者があのような体たらくではなぁ。銀密輸がやむことはないな」

「やむどころか、今後さらに増えるだろうね」

と、柳場はさらりといった。

「増える?」

「しばらくすれば警備はさらに緩くなる。よって密輸はもっと増える。おそらくね」

「どうして警備が緩くなると思うんだ」

「あんたもみただろう。あの官吏の目。いまにも銃を撃ちそうな目をしていた。われわれが少しでも逃げるそぶりをしようものなら間違いなく撃っていた。早晩、邦人の密輸者が中華民国の官吏に殺されるか、重傷を負わされる事態が発生する。そうなれば関東軍注は、ここぞとばかりに猛然と抗議をする」

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「まあそうだろうな。塘沽協定では非武装地帯内の治安は中華民国側が担うこととされているが、関東軍は邦人の事故にかこつけて、治安維持の権利をよこせというか、少なくとも、銃など武器の携帯は認められないといいだすだろうな」

「国民政府はそれに応じようとはしないだろうが、面倒なことが再び起こるのを避けるため、おそらく邦人に対する密輸取り締まりをはばかるようになる」

「ああ、なるほど」と、小島はすなおに納得した。柳場のよどみのない話しかたは聞くものに疑うことを忘れさせる。「では、密輸し放題となるのか」

「し放題となるかどうかはわからないが、身体を傷つけられる心配がないとなれば、密輸を試みる者は大幅に増えるのは間違いない」

「それでは国民政府の危機は今後も続くことになる」

 小島はそういって、中国の苦境を慮ってか、日本人の行動を憂いてか、どちらともつかぬため息をついた。そんな小島を哀れんだわけでもなかろうが、柳場は、

「まあそうはいっても、来年の正月までには密輸はきれいさっぱりなくなっているのではないかな」

「どういうことだ。密輸が増えるといってみたり、きれいになくなるといってみたり。いったいどっちなんだ」

「銀で儲けられるのも半年、長くて一年というところだよ」

「アメリカの銀政策はそうたやすくは変わらないぞ。銀価格の高騰は今後も続くと思うが」

「この国はまもなく銀と決別するよ」

「決別?中華民国が銀本位制から離脱するということか」

と、小島は口に運びかけたタバコを中途で止めて、訊いた。

「ああ。銀本位制を捨て去り、銀輸出税も平衡税も廃止する。銀価格の内外格差はなくなり、密輸の利益は消滅する」

「千年も続いた銀本位制を容易に捨てられようか。この国の人々には銀本位制が骨の髄まで染みついている。明日から銀以外のものを使って日々暮らせといわれても、受け入れられないだろう」

「千年も続いていないよ。明代の初期には紙幣や銅貨が使われ銀の使用は禁じられていた。銀が経済の中心に据えられてからは五百年ほどだな。日本も信長から徳川へと三百年以上使い続けた銀を捨て去ったじゃないか。この国にもできないはずはない」

「まあ、それはそうだが──」

と小島はいったが、納得できているわけではない。大変革というのは、たとえその発生の可能性が高くても、現実におこることとして想像することは簡単なことではない。小島は、あたりまえにしか考えられない自分を恥じ、そうではない柳場に嫉妬した。

「この国は通貨制度注を変えなければ倒れるよ。外国に侵略されなくても勝手に倒れる。だが逆に、通貨の仕組みを変えれば強くなる。戦い抜く力を得ることになる」

「幣制改革は、いまの恐慌を脱するためには有効だろうが、国の存亡を左右するほどに重要なことなのかなぁ」

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「あと数年もすればわかるさ」

と、柳場は窓枠に置いた肘で頬杖をつき、サイド・ウインドウの闇をみつめながら、さも当然のことのようにいった。

「それにしても幣制改革は困難な道だぞ。なにしろ国民政府にはカネがない。金本位制注に移行しようにも金がない。ドルやポンドとのレートを固定する外貨本位制注に移行するにしても、外貨をほとんどもっていないのだから難しい。外国から借り入れて外貨を調達しようにも、この国の財政状況を考えれば、いつ破たんするかもわからない国にカネを貸そうという、もの好きが現れるとも思えない。国じゅうの銀をかきあつめて金か外貨に交換して対外支払い準備とするしかないだろうが、銀の流出が続いているなかで、売る分だけの銀が残っているかどうか」

「それでもなんとかするよ。あの男は」

「あの男?」

「あんたのお友達だよ」

「宋子文のことか」

と小島がいったとき、柳場が前方に注目した。

 フロント・グラスの向こうの闇のなかから範策が歩いてきた。

 範策が窓から車内にいかつい顔を突っこんでいった。

「あのふたりはもういない」

 範策は長衣の腹に腕をさし入れ、リボルバーをとりだして柳場に渡した。

「お、おい。殺したのか?」

 小島が驚くと、柳場はシリンダーを開いてなかをみせた。

「ほら、使っていないよ」

「なんだよ。脅かすなよ」小島はため息をついた。「それじゃあ、官憲を殺して逃げるということも考えていたということか。それもきみのいう対策のうちのひとつというわけか」

 柳場は答えずに、

「さあ、トランクはあと五個。続きをやらねばならないが、あんたはどうする。ここで待ってるか」

 小島は「やれやれ」とつぶやき、「最後まで見届けさせてもらうよ。記事にしなくてはならないからね」といって、車のドアを開けた。 

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