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『カレンシー・レボリューション』立ち読み 第1321〜1380段落

本ページで『カレンシー・レボリューション』 第1321〜1380段落を立ち読みいただくことができます。

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 債券相場も荒れ、金融市場の参加者のみならず、上海市民の誰もが不安を抱いている。

 エドマンドは小島譲次から相場下落の背景には日本軍がいるかもしれないと聞かされ、それを確かめねばならないと考え、日本陸軍経理部の森尾とのアポイントメントとりつけを待ったが連絡がない。待ちきれず、こちらから連絡しようかと思っていたときに、ようやく小島から電話が掛かってきた。

 小島は唐突に、森尾と三人でゴルフにいかないか、と誘った。エドマンドは唖然としたが、電話の向こうから聞こえてきた「ゴルフ」という音の響きの心地よさに抗えず、思わず「いいですね。いきましょう」と明るく答えてしまった。サウサンプトン(ロンドンの外港)を発ってから二ヶ月以上が過ぎており、実のところ緑の芝が恋しくてたまらなくなっていたのだ。

 上海には、市北東部郊外にある江湾(ジアンワン)ゴルフコース、市西部郊外の虹橋(ホンチャオ)ゴルフクラブ(現上海動物園)、虹口(ホンコウ)公園内のコース、市中央の競馬場(現人民公園)内のコースの計四つのゴルフ場がある。翌日早朝三人は、そのうちの日本人利用が比較的多い江湾ゴルフコースに向かった。

 エドマンドは心中で、日本人など相手になろうはずがない、と思っていたのだが、ふたりの腕前はなかなかのものだった。いずれもアメリカ留学時代に腕を磨いたとのことだった。

 エドマンドは仕事の話を忘れて真剣になった。

 賭けもせず、互いに互いのスコアも聞かないラウンドだったが、エドマンドは自分とふたりのスコアを数え、相手がボギーのときにパーであがれば密かに笑い、逆に自分が多く叩けば奥歯を噛み締めた。小島の借りてきたクラブのせいだと、いいわけが口からでかかったが、潔くないのでやめた。

 九ホールを終え、三人はクラブハウスのカウンターに並びビールで乾杯した。

 最初のひとくちが喉を通るのを感じながら、小島に対してはワン・アップ、森尾にはツー・アップだったとほくそ笑んでいると、小島がエドマンドに、

「森尾さんになにか訊きたいことがあったのではないかな」

と話を振った。

 そのひとことでようやくエドマンドは今日の目的を思いだした。相場操縦の有無を訊きたださなければならないが、九ホールを歩いているうちに昨日まで抱いていた日本軍と森尾に対する腹立ちが消えていることに気がついた。どうやら小島の策に嵌められたようだ。

 エドマンドは顔を引き締め背筋をのばして訊いた。

「ドクター森尾。最近の為替レート下落はきみが仕組んだものなのか」

「ずいぶんとまっすぐな質問だ」

と、森尾は首をすくめて笑った。

「日本軍が為替マーケットに攻撃を仕掛けているという話を聞いた。レートの下落はきみが上海にきた直後から始まっているじゃないか。きみが主導しているのではないのか」

「話を聞いたって、小島さんから?」

と森尾はいった。エドマンドは小島に迷惑をかける話し方をしてしまったか、と後悔した。小島は首のうしろを掻いて気まずそうな表情をしている。

 しかし森尾は気にするふうでもなく、笑った顔のままで、

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「まあ、主導したといえば、そうかもしれない」

と、あっさりと認めた。

「やはりそうか──」

「ただ、軍にはそんな予算はない。関係の深い銀行に売り仕掛けを提案しただけだよ。それに僕の提案に応じて銀行が売った金額はマーケット全体に比べれば小さいものだ。マーケットの取引金額のほとんどは便乗した投機家によるものだし、下落の原動力はカレンシー・リフォームが実施されれば元レートが大幅に切り下げられるに違いないという不安心理だ。だから、主導といういいかたは適切ではないな。きっかけをつくったというべきだな」

「そんなことはどちらでもいい。僕は、きみがいったいなんのためにそんなことをしているのか。それを知りたい」

 森尾は照れたように笑って、

「それはさすがにいいにくい」

「カレンシー・リフォームを阻止するため。そうだな?」

 森尾が答えずに微笑んでいると、森尾を助けるかのようにウェイターが割りこんできた。小島が二杯目のビールをオーダーしたのだ。ウェイターの挙措はずいぶんとゆっくりしている。エドマンドはウェイターの動作をみながら脚を小刻みに揺らした。

 ようやくウェイターが三人のそばを離れ、エドマンドは問いを繰り返した。

「きみの目的は中国のカレンシー・リフォームを阻止することなのか。マーケットの不安を鎮めるために国民政府はカレンシー・リフォーム実施を取り下げざるをえなくなる。そう考えているのか」

 森尾は「答えは──」といって区切り、グラスを手にとりビールをひとくち飲んでから、「イエスであり、ノーでもある」といった。

「どういう意味だい」

「うむ──」と森尾は唸り、「やはりいいにくいなぁ」と笑った顔のままで首を横に揺すった。そして続けて、

「ただ僕は、カレンシー・リフォームを阻止することは難しいと思っている。小島さんからカレンシー・リフォームが何年もの年月をかけて進められてきていることを聞いたし、それにそもそも銀本位制など遅かれ早かれ捨て去られるべきものだし」

「ではなぜじゃまをする」

 森尾は答えず笑っている。

 左隣に座る森尾がなにもいわないので、小島がなにかをいうかと思い右側をみたが、小島はグラスを傾けて早くも二杯目を終わらせようとしている。

 エドマンドは森尾に向きなおっていった。

「きみは阻止は難しいと思っているが、軍の方針でそうせざるを得ない、ということか」

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「否定も肯定もしないでおくよ」

と森尾は答えた。エドマンドはしばらく森尾の目をみてから、

「どうやら僕のいったとおりのようだな。きみはカレンシー・リフォームを阻止することなどできないと思っているが、うえからの命令を受け、阻止すべく行動している。そういうことか」

「決めつけてしまうのもどうかと思うが」

「では違うのか」

 森尾は、さきほどのウェイターを思わせるゆっくりとした動きでグラスを口に運んだ。エドマンドは再び脚を揺らしてことばを待った。

 森尾がグラスをカウンターに置いて、いった。

「カレンシー・リフォームの内容はもう確定しているのだろう」

「ああ。ほぼ決まっている」

と、エドマンドは正直に答えた。

「それなのに実施しないのはなぜだ。外貨準備が足りないから。そうなのだろう。足りないというよりも、ほとんどないというべきか」

「まあ、そうだ──」

「外貨準備を得るために中国はローンが欲しい。しかしきみの国は日本の反対を恐れてローンをなかなかだそうとしない。ならばアメリカに銀を売って外貨を買わなくてはならないが、アメリカもぐずぐずしていて銀を買うと約束しない。中国はいま、きみの国からのローンかアメリカへの銀売却のいずれかが決まるのを待っている。違うか」

 さすがにこれは答えられない。こんどはエドマンドがゆっくりした所作でビールを口に運んだ。

 エドマンドの答えを待たずに森尾がいった。

「このまま元レートの急落が続けば中国はもう待ちきれなくなる。相場の下落に耐えられなくなって、外貨をもたないままでカレンシー・リフォームを実行せざるを得なくなるだろうな」

(確かにそうだ)

とエドマンドは思った。元レートがさらに下がれば元に対する不安が爆発し、人々は元を一刻も早く手放してモノや外貨や銀に交換しようと走るだろう。人々が銀を求めて銀行窓口に殺到すれば取りつけ騒ぎが発生するかもしれない。元の下落は銀の国内価格の下落を意味し、国際価格との差が拡大するので銀密輸が増え、銀流出が加速する。結局政府は元と銀の兌換の停止を実行せざるを得なくなる。

「そ、それが、きみのやろうとしていることなのか」エドマンドは驚きにことばを詰まらせた。「カレンシー・リフォームをハーフ・クックド(半煮え)で実施させようとしているのか」

 森尾は問われたことには答えずに、

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