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『カレンシー・レボリューション』立ち読み 第1561〜1620段落

本ページで『カレンシー・レボリューション』 第1561〜1620段落を立ち読みいただくことができます。

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全文は
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「なるほど。それでなぜ急に下がり始めたのだ」

 ヤングが答えた。

「リース=ロス卿の来訪により、マーケットはカレンシー・リフォームがおこなわれるのは必至と予想しており、今日、明日にでも実行されるのではないかと考えています。しかし新制度の内容は公表していませんので、様々な憶測がなされています。多くの金融関係者が金本位制の採用を予想し、少なくとも銀本位制からの離脱は間違いないと考えています。現在中国は世界の最大の銀需要国ですが、その中国が銀本位制から離脱するとなれば膨大な量の銀が売りにだされる、そういう憶測がなされているのです。マーケットは漠然とした情報を最も嫌います。確実な情報をもとに動く場合に比べ噂で動く場合のほうがマーケットは大きな動きをします。なかでも自分の資産に悪影響をおよぼすかもしれない情報に対しては極端な反応を示すものです。いまマーケットは疑いが疑いを呼び、それが恐怖を生む状態になっています。一刻も早くこの状況を脱しなければなりません」

「ならば、改革を早々に実施してしまえばいいじゃないか。それはなぜできない」

「われわれは金本位制ではなく、ポンドまたはドルとのレートを一定に保つ制度を採用します。そのためにはあらかじめ外貨の準備を潤沢に有している必要があります。われわれは中国国内の銀の流通を禁じ、新紙幣で全てを買いつけて、それらの銀をアメリカ政府に売ってドルを取得する予定です。また、イギリスからのローンでポンドを取得しようとしていますが、これらの話がなかなかまとまりません」

 蒋介石は孔祥煕に視線を戻した。

「つまりは、どうにもならない、ということではないですか。義兄さんはこの部屋にはいってこられたとき『相談』といったが、これは相談ではなく報告ということですな」

と、蒋介石の厳しい視線に、孔祥煕は怯んでヤングのほうへ目を逸らした。ヤングがいった。

「アメリカ、イギリスとの交渉の進展を待つべきではありますが、もしさらにマーケットが混乱した場合にどうするかを考えておかなくてはなりません。われわれは、なにか大きな事件が発生し、マーケットが大きく荒れたとしたら、もはや改革を断行したほうがいいのではないかと考えています。大事件が発生したときに改革を断行せずに放置すれば元は急落し、人々が元を見限り銀に兌換を求めて銀行に殺到すれば銀行が閉鎖に追いこまれるかもしれません。そうなれば、民衆は資産を失い、失業者が溢れ、この国は恐慌に陥るでしょう」

「しかし、改革実行のためには潤沢な外貨準備がなければならないといったではないか」

「即座に銀の国有化を宣言して、国じゅうの銀を中央銀行の金庫に集めます。国には外貨はほとんどありませんが、銀が十分にあればマーケットの不安は解消されるでしょう」

「わが国の銀は国じゅうに散らばっているのだろう。それをすぐに集められるのか」

「試算によれば、上海に現存する銀を集めれば数ヶ月はしのげます。そしてそのあいだにアメリカまたはイギリスとの交渉妥結を目指します」

「実をいえば──」

と、孔祥煕が口を開いた。ヤングは、外国銀行は銀売却に応じない可能性が高いことは、いたずらに蒋介石を不安にさせるだけだと思い敢えて伏せたのだが、孔祥煕はそれをいおうとしているのだと思い、こころのなかで「おい、よしてくれ」と叫んだ。

 ところが孔祥煕の口からでたのは、それ以上に蒋介石に聞かせたくない内容だった。

「元下落の背景には日本人がいるようです。日本軍の指示で日本の銀行が売り仕掛けをしているようなのです」

 はたして蒋介石は顔を歪めて怒りを表した。

「なんのためだ。わが国の経済を破綻させるのが目的か」

 ヤングが答え、

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「リース=ロス卿のアシスタントが得た情報によれば、この国に中途半端な状態でカレンシー・リフォームを実施させ、経済を混乱させようと考えているようです」

 蒋介石は顔をいっそう赤らめている。孔祥煕が継いで、

「銀売却や借款が得られるより前に幣制改革を実施することは、日本人の意図どおりとなり、極めて不愉快なことではありますが」

 ヤングは、感情的になった蒋介石が幣制改革実施を禁じることばを吐くのではないかと心配した。

 しかし蒋介石は、「ふっ」と鼻を鳴らしたあと、全く違うことばを口にした。

「大きな事件か。つまり、大きな事件が起こったらどうするか、その相談ということか」

 ヤングは感心した。蒋介石は鼻息ひとつで感情を押さえこんだのだ。そして孔祥煕がずらした話のポイントをもとに戻した。

 蒋介石が続けて、

「実のところは、大きな事件が起こってほしいと思っているのではないか」

「いや、そんなことは──」

とヤングはいったが、そう思っていないとはいいきれない。元レートは目標範囲の下限を下回ろうとしている。改革実行が遅れてさらにレートが下がれば改革後のレートを目標範囲内に設定することが難しくなる。それに、日本の密かな攻撃によって元レートの下落が続き改革に追いこまれるのと、大事件が発生して混乱回避のために改革を実行するのとを比べれば、前者の場合、民衆は早めの対策を講じなかった政府に不信感を抱き、後者の場合は政府の迅速な対処を評価するだろう。金融市場や経済の混乱は前者より後者のほうが小さくて済むかもしれない。

 ヤングの考えをみすかした蒋介石が続けて訊いた。

「大きな事件とは、具体的にはなんだ。例えば──私が暗殺されるとか」

「な、なにを、不吉なことを」

と、孔祥煕が慌てていった。ヤングはおちついた声で、

「要人の暗殺のほか、軍事紛争の勃発や天災の発生などでしょうか」

「では、それらのことがありさえすれば幣制改革は実行できるのだな」

 孔祥煕が答えて、

「いえ、まるで大きな事件の発生を待っているかのように聞こえたかもしれませんが、そうではありません。もし仮になにかが発生したならば、ということです」

 蒋介石は孔祥煕のことばが聞こえないかのように、腕組みをし、なにかを考え始めた。

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 蒋介石のことばを待った。部屋のなかに音がない。窓の外の梢でさえずる鳥の鳴き声がうるさかった。

 蒋介石が傍らの陳立夫をちらりとみて、口の端で小さく笑った。

 そして孔祥煕に向かっていった。

「わかりました。義兄さん。準備を進めてください。幣制改革の実施は、六中全会初日の直後の──」蒋介石は壁に掛けられているカレンダーをみて、「週明けの十一月四日ですね」

 孔祥煕はとまどい、

「いやいや。繰り返しますが、改革の実行は偶発的な事件が発生したとしたらです。そうでなければまだ実施はできません」

「だいじょうぶですよ。その日程で用意をすれば、それでいい」蒋介石は、きっぱりといった。「本件は以上。ほかになにかありますか」

 そういわれて孔祥煕はすぐに椅子から腰を浮かし、ヤングも孔祥煕に従った。

 孔祥煕とヤングが部屋からでると、陳立夫は立ちあがり、蒋介石の向かいの席に戻った。

「刺客に未遂で終わらせることはできるかもしれません。未遂であっても、六中全会の会場で発砲があれば大きく報じられることでしょう。しかし、危険です。万が一にでも委員長の身体が危険に晒されることを、私は承諾することはできません」

「そこに私がいなかったとしたら、刺客はどうするだろうか」

「普通に考えれば暗殺を諦めるでしょうけれども──」

「しかし奴らは四年半前の廬山で私の暗殺に失敗したすぐあとに子文を狙っている。王亜樵の依頼者にとっては、私を支えるものや、私と政策を同じくするものをも殺したいと思っているのは間違いない」

「なるほど。奴らは期限が迫り焦っています。委員長がその場におらず、かつ、その他の政府要人を誰でも殺害できるという状況にあれば──」陳立夫は中途で口を噤み、一瞬考えて、「委員長がその場にいなければ、狙われるのはおそらく──」

 蒋介石は「うむ」とうなずき肯定した。

「よろしいのでしょうか」

と陳立夫が訊くと、

「いずれは倒さなければならなくなるのだ。それが早まるだけだ」

 陳立夫は

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