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『ステーツマン』立ち読み 第421〜480段落

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 蒋介石は陳潔如の頭をなでながら、彼女からは見えない口元を微かに歪めた。

 蒋介石は北伐を再開した。

 北伐軍は福建省方面から沿海部を進む東路軍、長江の両岸を進む中路軍、北方の河南省方面の敵に対する西路軍にわかれ進撃した。めざすは全中国の約四十%の富が集中するといわれる上海を中心とする長江下流地域である。

 同時に蒋介石は共産主義への対抗姿勢を一層強め、共産主義・共産党を強く批判する演説を繰り返し、十数の都市において労働運動を武力で鎮圧した。

 北伐軍が上海にはいったのは一九二七年の三月二十二日であり、南京入城は三月二十四日である。このとき、いわゆる南京事件が発生する。各国の領事館や居留民に対する殺戮、暴行、略奪がおこなわれ、日本人を含む外国人に多数の死傷者がでた。事件の原因について蒋介石は共産党の謀略によるものだとしたが、日本、アメリカ、イギリス等は蒋介石の軍が引き起こした不祥事ととらえ、蒋介石個人に対する不信の念を抱いた。

 北伐軍が東進を続けているころ、武漢にいる宋子文は、広州での数年間と同じように短い間に次から次へと制度改革を断行し新政策を実施していった。新たに国民政府の版図に加わった地域で新税目の設置や徴税方法の改善等全面的な税制改正を実施し、中央銀行漢口分行を開業し子文みずから行長に就任して銀行券を発行した。北伐軍を賄う資金調達もおこなわなければならず、計三五〇〇万元の公債発行を開始した。三五〇〇万元の使途内訳は、旧紙幣回収が七〇〇万元、軍閥の債務買い取りが二〇〇万元で、残りの二六〇〇万元は全て軍事費である。

 北伐軍の東進にともない子文の関心は東方にも向けられた。国民政府が上海を勢力下に収めれば、いまの苦しい財政事情は大幅に改善されるだろうし、戦線が膠着し上海が北方の軍閥の支配下にあり続ければ、潤沢な資金力を背景にして敵が力を盛り返すことになる。子文は三月中旬に開催された国民党の第三回中央執行委員会全体会議において、北方軍閥の張宗昌(ジャンゾンチャン)が上海の銀行界に借款を強要しようとしていると述べ、上海の銀行界に対して張宗昌への借款をおこなわないよう警告し、張宗昌の債務を国民政府が肩代わりすることはないと通知すべきであると提議し、会議はそれを了承した。

 また子文は、上海陥落後すぐに江蘇、浙江両省財政の国民政府への統合に着手すべきと提議した。この提議は数日前に慶齢が子文にいったことばに基づいている。

 いつものとおり子文が慶齢とふたりだけで朝食をとっているとき、慶齢が

「北伐軍が上海にはいったら、すぐにあなた上海にいきなさい」

といった。子文は、なぜ姉がそんなことをいうのかと思いつつ、

「もちろんそのつもりだよ。武漢での仕事を一段落つけ次第いくよ」

と答えると、

「だめよ。それじゃ。上海が落ちたという報せがきたら、その日のうちに武漢を発つぐらいのつもりでいなさい」

と、慶齢は強い口調でいった。

「なぜそんなに慌てる必要があるんだい」

「蒋介石よ。蒋介石は上海の富を独占するつもりでいるわ。それをさせてはいけない。それより先にあなたが上海にいって、上海の富を国民政府に組み入れなくてはいけない」

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 慶齢は、蒋介石は敵であるという前提で全てを考えている。子文は、慶齢の心配は過剰だと思っているのだが、姉のことばに従って中央執行委員会全体会議に提議をおこなったのである。

 会議はこれを了承し、子文を江蘇、浙江の財政責任者に任じた。

 子文は、上海陥落後すぐの三月二十七日に武漢を離れ上海へ向かった。上海に到着するのは三月二十九日、すなわち北伐軍の上海入城のわずか七日後である。ちなみに武漢陥落時に子文が武漢にはいったのは陥落の二ヶ月後だった。

 イギリス、スワイヤー社の汽船は長江を二晩くだり、呉淞(ウーソン)砲台を右手にみながら右方へ針路を変えて、黄浦江(フアンプージアン)を遡り始めた。

 海と見まがうほどに川幅が広い長江とは対照的に黄浦江は狭く、両岸に手が届きそうなほどだ。上海の港に着くまでにはまだ数時間あるが、子文が気持ちの高ぶりをおさえられずにデッキにでたのは小一時間前のことである。暖かな日ざしと、やさしく頬を撫でるような風が心地よい。広州から武漢に移るために冷たい雨の降る江西省の山間を歩いたのは十一月の下旬だった。武漢では、一日の寒暖差が大きく朝夕の凍てつく寒さに閉口した。しかし、まもなく到着する上海は春まっただなかにある。デッキから見える一面黄色の菜の花畑も美しい。

 子文の心を一層躍らせているのは上海が故郷であるということだ。子文は上海に生まれ上海で育った。故郷という呼びかたにふさわしい山も小川もないけれども、外灘(ワイタン)に聳え立つ摩天楼が山であり、南京路の絶え間ないひとの流れが小川なのだ。

 外灘の摩天楼群が前方にみえてきた。子文はデッキの手すりから乗りだして頬を緩めた。考えてみれば、実に四年ぶりの上海だ。

 出迎えのひとと苦力(クーリー)でごったがえす埠頭に降り立った。

 一足先に乗りこんだ財政部のスタッフの迎えがいるはずだとみまわしていると、群衆を押しわけながら娘がひとり、手を振りながら撥ねるように駆けてきた。

「哥哥(グーグ)(お兄ちゃん)!」

 美齢である。

「あれ、どうしたんだ。財政部の迎えは?」

「私が迎えにいくから誰もこなくていいっていったのよ。財政部だけじゃなくて、銀行や貿易会社のひとなんかも迎えるつもりだったみたいなんだけど、全部私がことわった」

 美齢はそういって、舌をぺろりとだした。

「おいおい。あまり勝手なことをするなよ」

「あら。だっておおげさに迎えられたりするの、あまり好きじゃないでしょ。違った?」

「いや、まあ、そうだけど」

 子文は苦笑した。

「それに、哥哥に急いで伝えなくてはならないこともあったし」

「なんだ。伝えなくてはならないことって」

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「蒋総司令が、明日の午前中なら時間をとれるって」

 武漢をでる前に蒋介石に対し上海に到着次第会談したいとアポイントメントの申し入れをしておいたのだ。

「明日の午前?上海占領直後で忙しいかと思ったが、そうでもないのかな」

「とんでもない。すごく忙しいのよ。でも哥哥のためなら無理にでも時間をつくるって」

 子文は顎をさすり考えて、

「でもなぜおまえがそれを伝えにきたんだ」

 美齢は答えずに、ウフフッと微笑み先に歩き始めた。

 子文は首を傾げ、美齢のあとを追った。

 三月三十日朝。子文は蒋介石との会談に臨んだ。

 北伐軍の快進撃を讃えることばを述べるべきだろうけれども、北伐軍が東進する過程でなした数々の暴行を思うと、その気にはなれなかった。それどころか、

「先週南京で軍が起こした騒動。あれは非常にまずかった。これでイギリスやアメリカ、日本は支持の重心を北方へ移動させるでしょう。北伐が成ったあとも、この国を建て直していくためには諸外国の財政面等での支援が必須です。にもかかわらず、それが難しくなりました」

と、苦言を呈した。蒋介石は険しい形相で

「あれは共産党の陰謀があったのだといっているだろう」

と、声を荒らげた。子文は共産党の謀略という考えかたには疑問を抱いており、

「このような事件を引き起こすことに、共産党にいったいなんの利益があるのですか」

「外国の干渉を招くために決まっている」

 蒋介石はテーブルを拳で強く叩き、威圧した。しかし子文はひるまずに、

「共産党はわれわれと協力関係にあり、北方軍閥の利益になるようなことを敢えてするとは思えません」

「調査の結果共産党の謀略だった。いうことはそれだけだ。この話はもういい。武漢は暇なのかもしれんが、ここではむだ話をしている余裕はない」

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