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『ステーツマン』立ち読み 第841〜900段落

本ページで『ステーツマン』 第841〜900段落を立ち読みいただくことができます。

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全文は
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「こういう話とは?」

「武漢と南京、それぞれの社会のゆく末についての話だよ。武漢と南京のどちらの体制がより良い社会を築くことができるかという点について、きみはなにもいわなかった。きみの悩みのポイントはそこにはないということなのか」

「いや、そんなことはない」

と子文はいったが、声に自信の色がない。

「孫文の思想を所与のものと考えているのではないか。孫文の思想は絶対に正しく、きみはそれを実践していくのが自分の仕事だと思っている」

「僕はただの経済官僚であって思想家ではないし政治家でもない。思想家が設計図を描き、政治家が組み立てた骨組みのうえに肉づけをするのが僕の役割なのだよ」

「きみの考えがまとまらない根本的な原因はおそらくそれだ。孫文の教えは守らねばならないものとしているが、孫文の思想の欠陥をも感じているはずだ」

「繰り返すが、僕は単なる経済官僚だ。政治家ではないのだ。孫文先生に呼ばれて広州にいくと決めたときから僕は先生の考えを実現していくことだけを考えている」

「そうだ。きみは政治家ではない。武漢より南京の方が優勢だと思っているにもかかわらず武漢にいこうかと悩むきみの姿は、自分の利害を考える政治家のそれではない。しかしきみは単なる経済官僚でもない。それに徹することができないのだ。だから悩む」

 小島は芝地の中央で立ち止まり、子文の目をまっすぐにみて、「友よ」と呼び掛けた。

「なんだよ、改まって」

「ステーツマンたれ」

「えっ?」

「自分を孫文の思想の実践者という枠にはめるのはやめたらどうだ。それから、どちらの政府が正統だとか、蒋介石のやりかたは横暴だとか、そういうこともこの際考えるのはやめようじゃないか。そして、人々をいかにすれば幸福にできるか。それだけを考えてみるのだよ。そうすればおのずと答えがみえてくる」

 小島はそういって、広い芝地を庭園の方に戻り始めた。子文も遅れぬようあとを追いつつ、いわれたことばを頭のなかで反芻した。

(人々をいかにすれば幸福にできるか。それだけを考える)

 簡単そうなことだが、確かにそういう考えかたはしなかった。

 小島に追いつき横に並ぶと、

「さて、TV。きみの家族の問題だが。美齢の結婚について、きみは政略結婚だといった」

「ああ、いった。僕が南京につくことはふたりの結婚に同意することを意味してしまう」

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「蒋介石が結婚に打算があるからといって、それがどれほどの問題なのか、実のところ僕にはよくわからないのだが」

「靄齢姉さんは美齢と僕とをさしだすかわりになんらかの見返りをもらう取引をしているようなんだ」

 小島は顎を小さく突きだして話の続きを待つそぶりをした。しかし子文が続けないので、

「やはりなにが問題か僕にはよくわからないが、ただいえるのは、きみは美齢本人の意思を確かめていないのだろう。美齢の方から蒋介石に惚れているということはないのか」

「確認はしていない」

「その件についてはまずは本人に訊いてみることだな。あとは慶齢のこと、か」

「僕が武漢にいかなければ姉さんは孤独だ」

「ああ。いっそのこと僕が面倒みるといいたいところだが、まあ、向こうが断るだろうけど」

「そうかな。わからんよ」

 小島は「ハッ、ハッ、ハッ」と快活に笑い、「人々をより幸福にするためにはどうすべきなのか。それを慶齢に語り、彼女に武漢を離れるよう説得してみてはどうか」

「姉さんが僕の意見に耳を傾けるはずはないよ」

「きみは慶齢に対して自分の考えを強く述べたことなど一度もないのだろう。やってみなければわからないよ」

「一度もないということはない──」

と子文は反論を試みたが、小島は構わずに、

「それでだめなら、それが彼女自身が選んだ道なのだからと諦めるしかない」

と、ひとりごとのようにいった。

 子文はしばらく黙り、ようやくいった。

「きみのおかげで、なにかがみえたような気がするよ」

「ん?そうか。僕はもういちど彼女の顔をみに武漢にいけそうかな」

 小島はそういって笑い、先にたってホテルのなかへはいっていった。

全文は
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 その夜、孫文邸の玄関ロビーで待つシーアンの顔をみるや、子文は、

「やはりいくことはできない。きみにはいろいろしてもらったのにほんとうに申し訳ない。でも僕は、いけない」

と、はっきりといった。シーアンは驚き、

「数時間前には武漢にいく決心を固めていたのに──」

といって、力なく階段の一段に座りこんだ。そして、

「いったいきみの姉さんにはなんていえばいいんだ」

と、頭を抱えた。

 シーアンは諦めず説得を試みた。これまで散々揺らいだのだから、理を尽くせば再度考えを変えるのではないかと思っている。そう思わせたのは全く自分のせいであると思う子文は、自分と姉のためにここまで真剣になってくれる友人を「いけない」のひとことで帰らせることはできなかった。

 子文は玄関ロビーを歩き回り、シーアンは階段に座りこんだままで、武漢にいく、いかないの問答が続いた。

 零時をまわり、空気を変えたくなった子文は帽子を手に取り「僕の家族と話をしよう」といった。そして、「武漢にいかないという考えは変わってはいないが、実はひとつ気に掛かっていることがあるんだ。美齢の蒋介石に対する気持ちだ。それを確認しにいこう。もし美齢が蒋介石を好いているのであれば僕のなかの霧は全て晴れる。それできみも諦めてはもらえないか」

 シーアンはうなずき、ふたりは靄齢の家に向かった。

 家族の話し合いに同席することは遠慮したいというシーアンを車に残し、子文は靄齢の家にはいった。

 深夜に突然現れた弟を不審に思うでもなく、靄齢は夫の孔祥煕とともに「まだ決心をしていないのか」と叱り、武漢にいく愚と南京に合流する利を説いた。これまでになんども聞いたことの繰り返しであり、子文はほとんど聞き流し、美齢がリビング・ルームにでてくるのを待った。

 すでに就寝していた美齢がリビング・ルームにはいってきた。電燈の明るさに目を細めている。

 子文は美齢の姿をみるなり、

「教えてくれ。蒋介石と結婚したいと思っているのか?彼のことを好きなのか?」

 美齢は目をこすり、

「なによいきなり。こんな夜中に」

と、迷惑げにいった。

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