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『上海ノース・ステーション』立ち読み

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と、爽やかに笑ったのは王正廷(ワンジェンティン)国民政府外交部長で、王正廷はこめかみのあたりの汗をタオルで軽く拭きながら、丸テーブルの向こう側に静かに腰を掛けた。

「いやいや、接戦でしたよ。技術では明らかに私のほうがしたなのに、私のほうが五歳若い分、蒸し暑さに辛うじて耐えられた。そういうことでしょう」

 重光はタオルで額の汗をごしごしと磨くようにして拭いとった。

 南京には日本のほか英米仏伊独等の国が外交施設を有しているが、いずれもごく少数の館員を置いているのみである。ゆえに南京の外交団の規模は極めて小さいのだが、小さいだけに外交団のあいだでの交流は盛んで、日本の発案で、この夏のあいだに外交部を加えてテニスの試合を総当たりでおこなおうということになった。その最初の取り組みとしてこの日、日本公使館と外交部との試合がおこなわれた。

 日本公使館には過去の任地で腕を磨いてきたものが複数おり、対戦前の下馬評では日本が明らかに優勢だった。そこで外交部側は日本代理公使対外交部長のシングルスの試合を組むよう申し入れてきた。王正廷部長はテニス上級者なので、外交部側はこの取り組みで確実に星をとり、団体戦で負けても大将戦で一矢を報いておきたい、と考えたのだ。

 重光代理公使と王正廷部長の試合は接戦だった。第一セットは6—4で重光が取り、第二セットは6—2で王正廷が取り返した。ふたりの満年齢は重光が四十三で王正廷が四十八である。王正廷は中国体育協会の会長も務めるスポーツマンだが、この年齢差がハンディキャップとなり、最後の第三セットは疲労困憊した王正廷が力尽き、6—4で重光が勝利した。

「代理公使。失礼ながら代理公使がこれほどにお上手だとは思っていませんでした。外交部内ではこの取り組みは確実に私が取ると星勘定していました」

「実はずいぶんと練習しましてね。公使館の若い連中に特訓を申しつけられまして。この数週間、ランチのあとは雨が降っていない限り毎日猛練習ですよ。そのうえコーチが無慈悲な男でね。ランチのあとの一時間、休みなくコートのうえを走り回らされました。テニスの練習というよりもマラソンの練習か、もしくは単なるいじめのようでしたよ」

 審判台から下りてきたのは小島譲次である。小島は重光の傍らに立っていった。

「僕の思ったとおりに試合が運びましたね。第一セットは練習を重ねた代理公使が、多忙で最近テニスから遠ざかっている王部長に勝ち、第二セットは技術で勝る王部長が取る。そして最終セットが鍵となる」

 重光が小島を指さした。

「この男がその無慈悲なコーチですよ。ドクター・ジョージ・コジマ。ご存じですか」

「存じてますよ。宋財政部長のお宅で何度かお会いしています。それほどまでに無慈悲なひとだとは知りませんでしたが」

 王正廷はそういって小島に向かって小さく頭を下げた。

 小島も会釈を返してからいった。

「最終セットは体力勝負になると読んだのですよ。だから代理公使にはテニスではなくマラソンの練習をしていただいたのです」

 留学前に日本では軟式テニスをしていた小島は、アメリカ留学中は硬式テニスに熱を入れた。帰国後は黎明期の日本テニス界においてはほぼ無敵で、国際大会の出場経験もある。当時の小島の最大の弱点は、毎夜前後不覚になるまで飲まずにはおられないということで、海外遠征中のある日の夜、酔って公道を彷徨(ほうこう)し、散歩中のジャーマン・シェパードに抱き着こうとして右足を噛まれ、翌日の試合を欠場したことがあった。以来乱暴な飲み方をするのはやめたが、右足に小さな障害が残ったことからテニスもやめた。そしていまから六年前に聯盟(れんめい)通信社に入社し、北京支局長を経て上海に赴任したのである。

 王正廷は小島の肩を叩き、

「優秀なコーチがついていたんでは敵わないはずだ」

「いえいえ。僕はただの新聞記者ですよ」

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「代理公使は試合前にあなたを指さして、『今日はプロフェッショナル・プレーヤーがきているので審判をしてもらう』とおっしゃっていましたよ」

 王正廷はホッ、ホッ、ホッと澄んだ声で明るく笑った。重光がいった。

「ドクター・コジマが新聞記者のようなことをしているとは聞いたことがありますが、私は彼がテニスをしているところしか知らない。彼の特訓があまりに厳しいので、記者だというのは世を謀(たばか)る仮の姿に違いないと確信しました。ブオッ、ブオッ、ブオッ」

 重光は王正廷をまねて涼やかに笑おうとしたのだろうが、咳きこむかのような濁った笑いだった。

 王正廷は首を左から右に大きく回してコートの外周を眺めた。

「それにしても弱りましたね。こんなに観客がくるとは思いませんでしたよ。明日の新聞がわがほうの敗北をどう報じるかが心配ですよ」

 日中間の緊張が日増しに強まるなか、この日本と中国とのテニス対抗戦は試合前から大いに話題となり、南京の地元紙は勝敗予想を掲載するほどで、多数の新聞記者や在留邦人、外交部の職員家族などが観戦にきている。

 小島もコートを取り囲む記者たちをみていった。

「えげつないことを書く連中ですからねぇ。ラケットとライフル、ボールと手榴弾を取り違えて書きそうだ」

 重光が座ったままで小島の尻を叩いた。

「まるできみは新聞記者とは別人種であるかのようないい方じゃないか。やはりきみが記者だというのは嘘だな。私の睨んだとおりだ。ブオッ、ブオッ、ブオッ」

「王部長。わが社以外の明日の紙面がひどい内容になることは避けられませんので、世論を冷ますために近いうちに再戦をされてはいかがですか。今度は外交部のほうに日本攻略法を伝授いたしますので」

「それはいいですね。ぜひ再戦をお願いしたいですな。一か月ほどお時間をいただいて、今度はこちらがコーチの特訓を受けてから試合に臨みましょう」

 重光はシガーに火を点けながらいった。

「一か月後は夏真っ盛りですな。そんなに急がなくてもいいでしょう。私は逃げませんので涼しくなってからにしましょうよ」

「いや。秋を待っていては再戦の機会はもはや二度とこないかもしれません」

 王正廷は微笑みながらそういったが、そのことばの背景には日中関係が今後短期間でさらに悪化し、とてもテニスの試合どころではなくなるかもしれない、という考えがある。

 王正廷のことばを聞いて重光は黙り、ゆっくりとシガーの煙を吐いた。

 ここでこの時期の日中関係について概観しておきたい。

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 一九二八年五月、北伐中だった国民革命軍注と在留邦人保護の名目で出兵した日本軍との間の武力衝突、いわゆる済南(さいなん)事件が発生し、それを契機に日中関係は極めて険悪となったが、済南周辺に居座った日本軍の撤兵(一九二九年五月)や、いわゆる幣原(しではら)外交(一九二九年七月に組織された濱口雄幸(おさち)内閣の外務大臣、幣原喜重郎(きじゅうろう)により展開された対英米協調的な外交)のもと、中国の関税自主権を認める〝日華関税協定〟が締結された(一九三〇年五月)ことなどによって、一時好転する。

 ところが一九三〇年ごろから、王正廷外交部長によるいわゆる革命外交(不平等条約撤廃、利権回復等を目指す急進的外交)が推進され、日中両国のあいだには旧にも増して険悪な空気が流れ始める。

 中国にとって、国内の統一と民主化に並び、外国との不平等条約撤廃は孫文の時代からの悲願であり、国内基盤が確立されていくのに伴い、蒋介石政権が対外問題の解決に力を注ぐようになるのは自然の流れだった。一九三〇年十二月、王正廷は実質的な租界となっている北京東交民巷(ドンジアオミンシアン)の回収を各国に対して通告し、同時に北京、天津に駐屯する部隊の撤退を要求した。また王正廷は外交方針として五つの段階にわけて対外問題を処理していくと発表した。それはすなわち、関税自主権回復、治外法権撤廃、租界回収、租借地回収、鉄道・内航船航行等の利権回収の五段階である。租借地回収には大連や旅順などの関東州が含まれ、鉄道利権の回収には満洲鉄道が含まれる。日本にとって大問題であった。

 去る五月に蒋介石が開催した国民会議は、暫定憲法たる約法の制定と並んで不平等条約破棄の決議をすることを目的としていた。国民会議以降、不平等条約撤廃に向けた中国側の態度は一層強硬になった。王正廷もテニスコートでの涼しげな表情に似合わず外交交渉のテーブルにおいては頑なだった。重光が、まずは治外法権の問題を片づけ、日中関係が良好になった頃合いを見計らってその他の問題に着手しようと提案しても、王正廷は短期間での解決を求めて首を縦に振ろうとはしなかった。

 加えて日中関係は満洲という火種を抱えている。蒋介石から満洲の統治を任されている張学良は、日本が経営する満洲鉄道および大連港に対抗して、満洲鉄道に平行する鉄道路線と、大連から湾を隔てて対岸に位置する葫蘆(フールー)島の港湾建設を計画するなど日本への対抗姿勢を明らかにしつつあった。各地で日本人排斥運動も起こり、それに呼応するようにして日本側の対中感情も悪化していった。

 急坂をくだるように悪化するばかりの日中関係の流れを変えねばならないと焦る重光は、毎週のように王正廷や宋子文のもとを訪れ協議を重ねているが、捗々しい成果は得られていない。

 小島は秋の再戦を望む重光の意を酌んで提案した。

「外交部に日本攻略法を伝授さし上げるためには二、三ヶ月はほしいですね。やはり秋に再戦ということで仮に決めておきませんか」

 重光はシガーを灰皿に置きながら王正廷にいった。

「そうしましょう。夏の間は互いに仕事に精をだし両国の関係改善を図り、そのうえで秋の再戦を迎えようではないですか」

 王正廷は顔から笑みを消していった。

「両国関係を改善させる最も有効な方法は不平等条約の撤廃です。日本が他国に率先して不平等条約撤廃を断行すれば、わが国の対日感情は一気に好転します」

 重光は両国ともに譲るべきところは譲るなどして歩み寄り両国関係の改善を目指そうといったつもりだろうが、王正廷はいかにも日本側のみが努力すべきというようないい方をした。重光は少なからず気分を害したに違いないが、それは顔にはださずに黙って吸いかけのシガーに手をのばした。

 重光の気持ちを察したのか、王正廷がつけ加えた。

「むろん代理公使が日本国内での強硬意見に対抗して、不平等条約撤廃に向けて奔走しておられるということは十分に理解しているつもりです」

 小島が

「日本以外の国との交渉はいまどんな状況でしょうか」

と訊くと、王正廷は、

「妥結も近いといっていいでしょう」

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