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『上海ノース・ステーション』立ち読み

本ページで『上海ノース・ステーション』の一部を立ち読みいただくことができます。

全文は電子書籍(Kindle版)または単行本でお読みいただけます。電子書籍は下記のリンクからアマゾンにてご購入ください(Kindle unlimitedで無料で読むこともできます)。

単行本については、本作は『小説集カレンシー・レボリューション』に収録されていますので、下記のリンクよりアマゾンにてお求めください(『小説集カレンシー・レボリューション』には関連した長編小説1本、中編小説1本と合わせて合計3本の作品が収録されています)。

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「そうですか。なんだかつまらんですね」

 朱偉のいう「つまらない」がどういう意味なのか、情報料の額が小さいことをいったのか、情報元の女を色仕掛けにしなかったことをいっているのか、わからなかった。

「それで、宋子文をやるのはいつになりそうですか」

「どうだろうか。上海に住む宋子文は日曜日か月曜日にでる夜行列車で南京にきて、木曜日か金曜日に南京をでる夜行で上海に帰ることが多いそうだ。すると来週の金曜か土曜の朝かもしれんな。二十四日か二十五日だ」

「金曜か土曜の朝に上海に着く──」

と、朱偉はつぶやいた。これまで終止上機嫌であった朱偉の顔から一瞬笑みが消えた。克治はこの部屋にはいってからずっと朱偉の態度になにか違和感を感じている。

「それでおまえ、どうして急に羽振りがよくなったんだ。いったいなにをした」

 朱偉は「チッ」と舌を鳴らした。

「そんなこと、どうでもいいじゃないですか。大哥」

「兄と呼ぶのなら隠さず話せ」

「しょうがねぇなあ。ちょっとひとに頼まれてほかの仕事をしたんですよ」

「どんな仕事だ」

「まあ、大した仕事じゃないです」

「頼まれたって、誰に頼まれた」

「それは──」

と、朱偉は口籠った。

「話せ」

と、克治は朱偉の目を睨み低い声でいった。朱偉は目を逸らして小声でいった。

「許清──」

「許清?あの風呂屋のか」

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 許清の名は聞いたことがあるが、会ったことはない。許清のことで知っているのは、性風俗店をいくつかもっていることと、青幇(チンバン)の幹部であること。それから、以前に日本企業の工場で働いていたことがあり日本人の知り合いが多い、ということだけだ。

「はい。その許清です」

「それで、どんな仕事をやらされた」

「いやぁ。それはちょっと──」

「いいから話せ」

 克治は拳でテーブルを強く叩いた。朱偉はわずかにのけぞった。

「ただ、王(ワン)首領絡みのなにか面白い話はないかと訊かれました。面白い話があれば買ってもいいと──」

「それで、なにを教えた」

 克治は畳み掛けて訊いた。

「蒋介石の暗殺に失敗したことと、宋子文暗殺を計画しているということを──」

「それを教えたのか」

 克治は声を荒らげた。

「はあ。教えました」

 克治は奥歯を噛み締めた。蒋介石暗殺は朱偉の臆病が原因で失敗し、今回の宋子文暗殺の計画も朱偉によってほころびが生じたのだ。

 ふたりの会話が止まった。部屋のなかの音がなくなると、周囲の部屋の喧噪がやたらうるさく感じられた。

 そのとき、部屋の戸がゆっくりと開かれた。ふたりの女がはいってきた。川の対岸の店から呼ばれた芸妓であろう。ふたりのうしろにはそれぞれひとりずつ十歳にも満たないかと思われる少女が小さな袋をもって控えている。

「いやあ、待ってたよ」

と、朱偉が嬉しそうな声を上げた。

 ふとみると芸妓のうちのひとりに見覚えがある。対岸の店の出窓に座っていた少女だ。先にみたときより、化粧を施した顔はずいぶんと大人びてみえる。

 少女が克治をみて嬉しそうに微笑んだ。

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 微笑みを返そうとも思ったが、頬を緩めることができなかった。

七月二十二日午前十一時(暗殺事件二十時間前) 南京 財政部

 南京市の中央に広大な敷地を占拠する、まるで宮殿のような行政院のすぐ南側に、ゆき過ぎた贅沢を戒めようとしているかのような飾り気のない財政部の建物が建っている。

 宋子文は部長室の窓から空を見上げていた。雲の間にここ最近拝むことができなかった青空がわずかに覗いている。

 視線をしたに落とすと、そこには二本の川が平行に流れている。むろんそれらは本当の河川ではない。財政部の前の道路の水はけが悪く、中央部分を除いて道路が雨水に覆われてしまっているのだ。雨が降り続くあいだ、家に閉じ籠っていた人々がどこからともなく湧きでてきて、ズボンの裾をまくりあげて忙しく道路の中央を往来している。

 視線を空に戻した。

「これで長雨が終わりとなればいいのだが」

と子文はつぶやいたが、炭を帯びたような灰色の雲が天空に占める割合は、どうやら次第に広がってきているようだ。

「部長。聞いておられるのですか」

と、うしろから声を掛けたのは秘書の唐腴臚(タンユールー)である。先ほどから子文のデスクの前に座り、各地の降水と水害の状況の説明をしている。

「すまない。すまない。少し気を抜いていたな。いかん、いかん」

 子文は頭をかきながら自分の椅子に戻った。子文は座って唐腴臚の話を聞いているうちにどうにもならない眠気を感じ、立ち上がって部長室のなかを歩きながら説明の続きを聞いていたのである。ここ数日家には帰れず、この部屋で寝泊まりをしている。一日の睡眠時間は三時間程度という日が続いている。

 唐腴臚がデスクのうえに広げた地図の長江流域部分を指さしていった。

「最も深刻なのは湖南、湖北あたりです。現地からは長江はもはや決壊寸前で、あと三日のうちに漢口周辺は川底に沈んでしまうだろうとの報告がきています。このまま雨が収まってくれればいいのですが、もしまた降り始めると、未曽有の災害に発展すると思われます」

「その場合、被害はどのくらいになる」

「予想では被害は江蘇、安徽、湖北、湖南、四川、江西、河南の各省にまたがり、長江流域だけで水没する田畑は五千万畝(ムー)強(約三・三万平方キロメートル)、被災者数は数千万人、死亡人数は十万人を超えるだろうとのことです」

「死者十万──。そんなにか」

「いえ、それは長江流域のみの数字です。淮河流域を加えれば被害の数字はそれぞれ二倍程度になると思われます」

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