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COVID-19(新型コロナ肺炎)綱渡りの法律運用

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1. 感染症法と検疫法

まず、関連するふたつの法律について簡単に見ておきましょう。

感染症法は、感染症の予防と蔓延の防止を目指す法律です。この感染症法の目的は第1章第1条に記されているのですが、感染症法には憲法のように前文がおかれており、そこで、患者の人権が尊重されなくてはならないということが記されています。これはハンセン病患者などに対する不当な隔離や差別、偏見が続いたことなどへの反省と二度と同じことを繰り返してはいけないという考えを謳ったものです。

感染症対策では強制入院など人の自由を制限することがあるので、公衆衛生と人権との綱引きとなります。日本の感染症法は、過去の失敗への反省から、人権の側の綱を引く力が強め、ということができます。このことは感染症法のみならず感染症関連制度全般にいえることであり、日本では強制入院や検査、入国拒否など、人の行動を制約することは慎重に行われる傾向にあるといえます。

新型コロナ肺炎の発生以来、政府の対応の遅れが指摘されることが多々ありますが、感染症法の前文に書かれた理念も多少影響していると言っていいでしょう。

次に、検疫法は、感染症の国内への侵入をふせぐことを目的とする法律です。つまり、国外の病原体を水際で食い止めるのが検疫法で、国内に侵入してしまった病原体を退治しようとするのが感染症法です。


2. 武漢チャーター便で起きた問題〜検査を拒否する人にどう対処?

感染症法の対象となる感染症は同法の第6条に列挙されていますが、新型コロナ肺炎は、当初は感染症法の適用対象ではありませんでした。検疫法の適用対象でもなく、法が適用されなければ患者の自由を制限する措置をとることはできません。武漢からチャーター便で帰国した人のうちの2名が検査を拒否したことが話題となりましたが、国は検査を強制することはできなかったのです。

しかし感染症法第6条には、エボラ出血熱などの一類感染症、SARSなどの二類感染症、新型インフルエンザなどと並んで、同条第8項に指定感染症というのがあり、国会の審議を経ず内閣で制定できる政令で指定すれば感染症法の対象とすることができます。

一方検疫法の対象は検疫感染症と呼ばれますが、同法第2条によれば感染症法の一類感染症や新型インフルエンザと並んで、政令でさだめられた感染症が検疫感染症であるとされています。

そこで政府は、1月28日に新型コロナ肺炎を感染症北条の指定感染症と検疫法上の検疫感染症とする政令を公布しました。新型コロナ肺炎はSARSなどの二類感染症と同様の扱いとされ、それまでは患者の同意なく入院させることはできませんでしたが、感染法の適用を受けることにより入院措置や入院費の公費負担などが可能となりました。

また日本に入国する人に対し、それまではサーモグラフィーで発熱の確認をしたり自己申告を呼びかけることしかできませんでしたが、検査の受診を義務付けられるようになりました。

これらの改正は当初2月7日に施行される予定でしたが、感染の急速な拡大を受けて前倒しで2月1日に施行されることになりました。


クルーズ船で起きた問題〜濃厚接触者に経過観察を

2003年に流行したSARSが感染症法の二類、感染症なので、新型コロナ肺炎が二類、感染症と同様の扱いとされたのは当然なのですが、これには問題がありました。

検疫法は、停留、すなわち、感染症に感染した恐れのある人を病院やホテルなどに収容して経過観察を行うことができるのは一類感染症か新型インフルエンザ感染の恐れがある場合と規定しており、二類感染症に感染している恐れがある人について停留の措置ができないのです。

クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスのケースでは、検査の結果、陰性となった人は、患者と同室で感染の可能性が高い場合でも停留できないということになります。

新型コロナ肺炎は潜伏期間がかなり長いことが判明しているにもかかわらず、検査を実施し陰性となれば本人が望めば法的には下船を認めざるを得なくなるのです。ダイヤモンド・プリンセスの多くの乗客は速やかに検査を受けられませんでしたが、それにより結果として船内で停留の措置を受けたのと同じことになりました。

もうひとつの大きな問題は、検査が陽性でも症状が出ない人が多数発見されていますが、そのような無症状、病原体保有者を強制的に入院させることができないということです。感染症法は、一類感染症と新型インフルエンザの無症状、病原体保有者は患者とみなすと規定していますが、新型コロナ肺炎の無症状、病原体保有者は患者とみなされないので、感染症法に基づく入院措置をさせることができませんでした。

これらの問題に対処するため、2月14日に2月1日施行の政令の改正等が行われました。

まず、隔離や停留ができない検疫法第2条3項に基づく検疫感染症から、停留や隔離も可能となる同法第34条に基づく検疫感染症以外の感染症に指定され直しました。

また、新型コロナ肺炎の無症状病原体保有者も患者とみなし、感染法上の入院措置の対象とするとされ、陽性でも症状がない人についても強制入院や入院費用を公費負担などが可能となりました。


4.湖北省等からの入国拒否〜出入国管理法利用の荒技

出入国管理法の第5条第1項は指定感染症等に感染している外国人は日本に入国できないとしていますが、この条項では感染の疑いのない人を感染症が流行している地域の人だからといって入国拒否することはできません。

しかし、各国が続々と武漢や湖北省もしくは中国に滞在した人の入国を拒否し、また、世論も、一刻も早く武漢籍の人などの入国を拒否すべきとの声が増え、政府は2月1日に湖北省からの外国人を出入国管理法第5条第1項の末尾にある「日本の利益または公安を害する行為を行うおそれがある」者とみなして入国を拒否することとしました。本来この条項はテロリストなどの入国を防ぐことを目的としたもので、これを感染症防止のために使うことには無理があるので政府内でも議論がわかれたようですが、ことの緊急性に鑑みて、この条項を援用することとした模様です。


5. マスク不足への対処〜半世紀前の法律を引っ張り出して

国内での感染拡大のなかでマスクの品薄状態が続いています。

そこで政府は1973年第一次オイルショックのときに制定された国民生活安定緊急措置法の第22条に基づいて業者に売渡しを指示しました。物資の配給のために売渡しを指示したのはこれが初めてです。

さらに政府は同法第26条に基づいてマスクの転売を禁止する方針を示しています。


6. 小学校等の臨時休校

2月27日、安倍総理は全国の小中学校と高校が臨時休校するよう要請しましたが、この要請には法律上の根拠はありませんでした。

ただし、コロナウイルスの感染症を想定した法律ではありませんが、新型インフルエンザ等対策特別措置法には学校の閉鎖などの要請ができるとの条文があります。

新型インフルエンザ特措法は2009年に大流行したインフルエンザへの対応が混乱したことから2013年に制定された法律で、総理大臣が緊急事態宣言をすると、都道府県知事は住民への外出自粛や学校などの使用制限、医療施設設置のための土地や建物の使用要請などができます。また、先ほど述べた物資の売渡しの指示も行うことができます。

国民生活安定緊急措置法に基づく物資の売渡し指示は物価高騰のおそれがあるときに限られますが、新型インフルエンザ特措法では物価動向と関係なく物資の売渡しを要請できます。

新型インフルエンザ特措法の適用対象は感染症法6条第7項のインフルエンザか第9項の新感染症です。つまり新型コロナ肺炎を新感染症だとすれば新型インフルエンザ特措法を適用できることになります。しかし政府は、コロナ肺炎はすでに知られている感染症なので新感染症ではなく第8項の指定感染症であるとしていますので、今後新型インフルエンザ特措法を改正するか、新たな法律を制定することになると考えられます。


7. 憲法への緊急事態条項?

以上みてきたように、新型コロナ肺炎の発生以来、政府は諸々の対策を現行法のなかで実施することに四苦八苦してきました。

そのため、憲法に緊急事態条項を作るべきではないかとの議論が自民党内などで湧き上がっているようです。

日本の憲法には、大災害などが発生したときに、内閣に権限を一時的に集中して、法律がなくても迅速に対策を採ることができるようにする緊急事態条項がありません。

新型コロナ肺炎は、その収束後に憲法改正論議を加速させる、ひとつのきっかけになるのかもしれません。


Some clues...

省略(動画本編でご覧ください)

 

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