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為替レート決定理論〜コーヒーブレイクしながらわかる

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1. 購買力平価説

いくつもある為替レートの決定理論のうち、古く、けれども一番有名で、今でもある程度有効な理論が、購買力平価説です。

購買力平価説は、20世紀の初頭に、スウェーデンの経済学者、カッセルが提唱した理論で、一言で言えば、為替レートは、それぞれの国の物価の比率で決まる、というものです。

国と国との間で・モノやサービスの取引が完全に自由におこなわれると仮定した場合、同じ商品の価格はひとつに決まるはずです。

つまりその場合・同じ商品は・日本で買ってもアメリカで買っても同じ値段で買えるはずで、もし・アメリカで・モノの価格が上がって、アメリカで買うより日本で買ったほうが安くなったならば、日本で買い物をするために・ドルを売って円を手に入れようとする人が増えます。すると・為替レートは円高ドル安の方向に動き、日米どちらで買っても同じ値段で買えるようになるまで続くはずです。

しかし現実の世界では、国境を越えてモノを運ぶためには輸送費が必要ですし、保険代や関税がかかったりするので、同じ商品でも、国によって販売される価格はバラバラです。美容室の料金など、サービス価格については、サービスは国際的に取引するすることが難しいため、国により非常に大きく異なります。

わかりやすい例は、世界各国で販売されているマクドナルドのビッグマックの価格から算出されたビッグマック指数です。これをみると、国によってビッグマックの価格は大きく異なっていることがわかります。

このグラフは、1973年以降の円ドルレートの推移です。これに代表的な物価の指標である消費者物価指数に基づく円ドルレートを重ねてみます。これを見ると、両者は全く一致していないことがわかります。消費者物価には、国際的に取引することが難しいサービスの価格も含まれているので、このような大きな乖離が生じるのは当然のこととも言えます。そこで、国際貿易で取引されるモノの価格で見てみるとどうでしょうか。

青い線は、輸出品の物価に基づく購買力平価です。やはり実際の為替レートとは乖離がありますが、消費者物価に基づく場合に比べれば、かなり実際の為替レートに近くなりました。

この青いグラフと赤いグラフとをよく比べてみると、乖離はしているけれども、かなり平行に近い動きをしていることがわかります。

つまり、購買力平価説では、その日その日の為替レートを正確に説明することはできないけれども、為替レートの方向性は示すことができる、と言えそうです。

また、この三本のグラフをみると、1980年代後半、つまりバブル経済の頃には拡散してしまいそうになりましたが、1990年代の後半にかけ集束していき、2000年代に3本が平行に推移し、それ以降は再び集束していった、というようにも見えます。

購買力平価説は、為替レートの短期的な説明としては使えないけれども、長期の観点からは有効な理論、と言うことができるでしょう。


2. フロー・アプローチ

フロー・アプローチは、外国通貨の需要と供給の関係から為替レートを見てみようという考え方です。

どんなものの取引でも需要と供給の関係で価格が決まるので、外貨も、外貨を欲しい人と手放したい人との関係で決まるはず、ということです。

外国通貨の需給は、経常収支、つまり、モノの輸出入やサービスのやりとり、海外との利子や配当金などと、金融収支、つまり、企業の直接投資や株や債券などの有価証券投資、その他の外国投資、政府の外貨準備の増減などで構成されます。

フロー・アプローチによれば、アメリカに輸出をしたい人が増えれば、輸出で得たドルを売って円を買いたい人が増えるので、ドル安円高となり、逆に輸入したい人が増えれば、ドル高円安となるでしょう。

アメリカの金利が上がって、アメリカに投資をしたい人が増えれば、円を売ってドルを買いたい人が増えるので、ドル高円安となり、逆に日本に投資をしたい人が増えれば、ドル安円高となると考えることができます。

日本政府が為替介入をして、円を買ってドルを売れば、円高ドル安となります。

このように、外貨の需要と供給が均衡するところで為替レートが決まるというのがフロー・アプローチで、実際に外国為替市場では、その時のドルの需要と供給が一致するレートでドルと円との交換取引が行われていますので、フロー・アプローチは超短期的にはあてはまっていると言うことができます。

中長期的な為替レートの動きも、フロー・アプローチに、貿易収支の原因を説明するための理論であるアブソープション・アプローチを組み合わせることで、ある程度説明することができます。

マクロ経済学の授業では、国内総生産を支出面から見た式として、
 国内総生産 = 消費 + 投資 + 政府支出 + (輸出 - 輸入)
分配面から見た式として
 国内総生産 = 消費 + 貯蓄 + 税金 という式を習います。

この2本の式をまとめると、
(輸出 - 輸入) = (貯蓄 - 投資) + (税金 - 政府支出)
となります。

この式からは、輸出と輸入の差額は、国民がどのくらい貯金したいか、企業がどのくらい投資しようとするか、税金や政府支出の額を政府がどう決めるか、で決定されることになります。そして、輸出と輸入の差額、つまり貿易収支が黒字になれば、フロー・アプローチによって、為替レートは円高ドル安になり、逆に貿易収支が赤字になれば、円安ドル高になります。

現実の日本経済にあてはめてみると、ちょっと前まで日本の貿易収支はいつでも大きな黒字で、ドル円レートは円高基調でしたが、その背景には、日本人の貯蓄率の高さがあったと考えることができます。また、昨今は、高齢化による貯蓄率の低下や、巨額の財政赤字が要因となって、貿易赤字傾向となり、その結果円安となっている、と言うこともできます。


3. アセット・アプローチ

外国為替市場での外国通貨の需要と供給の関係で為替レートが決まると考えるフロー・アプローチは、外貨の取引が物の輸出入に絡むものが中心だった・1980年代初頭までは為替レートの決定理論として重要な意味がありました。しかし、最近では・外国為替取引の中心は資本取引であり、為替レートは各国の金融政策や、経済成長等・経済状況など資本取引を左右する要因によって大きく変動するようになっているため、フロー・アプローチは為替レートを説明する理論としては、あまり有効ではなくなっており、投資家などが国内外に保有する資産の量に着目する、アセット・アプローチが注目されるようになっています。

アセット・アプローチは、伸縮価格マネタリー・モデル、硬直価格マネタリー・モデル、ポートフォリオ・バランス・モデルなどにわけることができます。

伸縮価格マネタリー・モデルでは、物の価格は自由に変動すると仮定されます。そして例えば中央銀行が貨幣供給を増やすと、物価が上昇し、物価上昇の分だけ為替レートが変動する、円ドルレートで言えば、円安になる、と考えます。つまりここでは、購買力平価説の考え方が取り入れられています。また例えば、その国の所得が増加すると、貨幣に対する需要が増して、物価が下がる結果、円ドルレートで言えば、円高となります。

伸縮価格マネタリー・モデルは、購買力平価説と同様に、長期的にはある程度有効な考え方だといえます。しかし、短期的には、物価水準は自由に変動しないので、現実世界の説明としては、あまり有効ではありません。

そこで、短期的には物価は変動しないと仮定する、硬直価格マネタリー・モデルを見てみましょう。話を簡単にするためには、以下では、日本とアメリカの関係において、投資家が国債に投資する場合で見ていきます。

日本銀行が貨幣供給を増やすと、短期的には物価は変わらなくても、長期的には物価が上がると予想されるので、購買力平価説の考え方で、未来は物価上昇の分だけ円安ドル高になっているはずです。

短期的には物価は変わりませんが、金利が下がります。日本の金利がアメリカの金利より低くなると、将来の円ドルレートが今と変わらないのなら、投資家は・日本国債を持つよりアメリカ国債を持ったほうが利益を得られます。しかしもし、日米の金利差の分だけ、将来の円ドルレートが今より円高になれば、投資家の利益は、日米どちらの国債を持っても同じになります。このため、今の円ドルレートが、将来予想される円ドルレートよりも、金利差分だけ円安ドル高となります。

よって、今の円ドルレートは、購買力平価で決まる均衡レートよりも、将来の物価上昇による分に、日米の金利差を加えた分だけ・円安になる、ということになります。この・均衡レートを越えて円安になる分は・オーバーシュートであり、そのためこの考え方は・オーバーシューティング・モデルとも呼ばれます。

日本銀行が貨幣供給を増やすと、短期的には物価は変わらなくても、長期的には物価が上がると予想されるので、購買力平価説の考え方で、物価上昇の分だけ円安ドル高になっているはずです。

ただ、短期的には、物価は変わらず、でも、金利が下がります。日本の金利がアメリカの金利より低い場合、将来も円ドルレートが変わらないのであれば、日本国債を持つよりアメリカ国債を持ったほうが投資家は利益を得られることになります。しかしもし、日米の金利差の分だけ、今より将来の円ドルレートが円高になれば、投資家の利益は、日米どちらの国債を持っても同じになります。つまり今の円ドルレートが、将来予想される円ドルレートよりも、金利差分だけ円安ドル高となります。

よって、今の円ドルレートは、将来の物価上昇による分に、日米の金利差を加えただけ分だけ、円安になる、ということになります。この将来の均衡円ドルレートを越えて円安になる分はオーバーシューティングであり、そのためこの考え方は、オーバーシューティング・モデルとも呼ばれます。

硬直価格マネタリー・モデルでは、自国通貨建の資産と、外貨建の資産との完全代替性が仮定されていました。つまり、投資家は、自国通貨建の資産と外貨建の資産とを、得られる利回りだけで比較し、外国の資産を買うのは怖いとか、面倒くさいとか、利回り以外の要素は一切考えず、無差別に投資をする、という仮定です。

しかし現実には、投資家は外国資産への投資にはリスクがあり、そのリスクに見合う分の上乗せがないかぎり、投資をおこないません。つまり自国通貨建資産と外貨建資産との代替性は不完全であり、この不完全な代替性を前提とするのがポートフォリオ・バランス・モデルです。

投資家が求める、リスクに見合う分の上乗せをリスク・プレミアムと言います。

例えばアメリカの経常収支の赤字が続いている場合、投資家は、将来ドル安になる可能性が高まったと考え、アメリカ国債に対して、より大きなリスク・プレミアムを求めるようになります。するとリスクを回避したい投資家は、アメリカ国債よりも日本国債を好むようになり、その結果、円高ドル安となります。

その他にも例えば、アメリカの国債発行残高が巨額で、将来インフレになりそうな場合などにもリスク・プレミアムが高まり、その結果、為替レートは、円高ドル安方向に動きます。

4. 昨今の朝円安を為替レート決定理論で説明してみよう

では、昨今の極端で急激な円安を、これらの為替相場決定理論で説明できるか、考えてみましょう。

最近、国際的な資源価格の高騰の影響で日本の貿易収支は赤字が続いています。貿易赤字は外国為替市場での円の売りを増やすので、フロー・アプローチにより、最近の貿易赤字の拡大が円安ドル高の一因となっている、ということもできるでしょう。とはいえ、現在の外国為替市場では、貿易のために行われる取引はごく一部を占めるに過ぎず、資本取引が中心ですので、貿易収支の赤字の拡大が今の急激な円安の主因であるということはできません。

では、マネタリー・アプローチの観点からはどうでしょうか。

グラフは、日本の消費者物価指数の推移です。

日本銀行は、2%の物価上昇を目標とし、長くその目標を達成できずにいましたが、上昇率は2022年の3月から4月に跳ね上がって2%を越え、その後も上昇しています。急激な円安が始まったのは3月頃なので、両者の時期はほぼ一致しています。

それから・このグラフは、今年になってからの円ドルレートとアメリカの10年債利回りの推移です。これを見ると、アメリカの金利が上昇すれば円安ドル高となり、金利上昇が一服すれば、円安ドル高も一服するということが繰り返されているのがわかります。

前の章で、オーバーシューティング・モデルでは、将来予想される物価の上昇分と、相手国との実質金利の差の分だけ、現在の均衡為替レートからオーバーシュートするとしました。昨今の日本経済に当てはめれば、日本では長く物価は上がらないものと考えられてきたが、今年になってそのような考え方に変化が現れ、将来物価が上昇することが予想されるようになり、その分の円安が生じた。また、アメリカの金利引き締めにより日米の金利差が拡大した分も円安ドル高となった、と考えることができるでしょう。

それから、昨年までは日本ではデフレ基調が続き、インフレーションの発生は現実的ではありませんでした。しかし今年になって消費者物価上昇率が2%を超え、将来のインフレが現実的となってきています。日本は巨額の財政赤字を抱えていますが、将来のインフレが現実的となってきたため、日本で財政赤字によるインフレのリスクが高まってきているとも考えられます。その結果、円資産投資に求められるリスク・プレミアムが増加し、円安ドル高につながった、ということも考えられます。

最後に、購買力平価説で昨今の円安を説明することはできるでしょうか。

もう一度、購買力平価と円ドルレートのグラフをみてみましょう。

購買力平価説の章で見たように、購買力平価と円ドルレートは、一致はしていないけれども、長期的にみれば似た動きをしています。2010年頃にかけて、日本の物価上昇率がアメリカの物価上昇率を下回り続けたことが、長期にわたる円高ドル安傾向の原因で、2010年以降の10年間については、日米の物価上昇率の差が小さかったため、円ドルレートは比較的安定して推移した、と考えることができます。このグラフの右端を見ると、青い線の、輸出物価ベースの購買力平価が上方に折れ曲がっており、つまり日本の輸出物価のほうが、アメリカの輸出物価以上に上昇したことがわかります。消費者物価ベースの購買力平価はまだ低下傾向にありますが、最近アメリカの金融政策は引き締めに入っているのに対し、日銀は相変わらず緩和姿勢であることや、消費者物価の上昇は、輸出物価の上昇に数年遅れる傾向があることなどから、今後日本の消費者物価が、アメリカ以上に高くなることもあり得ます。そう考えると、これまでの傾向が終了し、日本の物価が今後高まることを織り込んで、長期的な円安ドル高傾向に転換した、といえるのかもしれません。


Some clues...

省略(動画本編でご覧ください)

 

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