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新自由主義と新しい資本主義〜コーヒーブレイクしながらわかる

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1. 新自由主義から新しい資本主義へ!?

2021年10月に第100代内閣総理大臣に就任した岸田文雄首相は、所信表明演説のなかで、「新しい資本主義の実現」を掲げました。「新自由主義的」な政策は、富めるものと、富まざるものとの深刻な分断を生んだので、「新しい資本主義」として、「成長と分配の好循環」によって「成長も、分配も」実現するために、あらゆる政策を総動員すると、高らかに宣言しました。

「新自由主義」というのは、1980年ころ以降に世界的に支持されるようになった経済の考え方です。

18世紀後半から19世紀後半に主流となった古い経済学は、私有財産を尊重し、人々が利潤を求めて行動すれば経済は最適な状態となる、という自由主義の考えに基づいていました。この考え方では、政府はなるべく裁量的な政策は最小限にすべきとされ、小さな政府が目指されます。

19世紀後半くらいからは、ケインズ経済学が主流となっていきます。古い経済学と同じく人々の自由を尊重するのですが、弱者を政府が支援するなど、政府が経済に介入することにより、人々の自由を確保するという考え方です。政府が経済に積極的に介入するので、政府は大きくなります。

20世紀になると、マルクス経済学が広まります。政府が国民の福祉を最大にするために、国営で各種の事業をおこないます。この場合は非常に大きな政府となります。

フランス革命の時代のフランスの議会で、議長から見て右側に保守派が座り、左側に革新派が座ったことが由来となって、これら三つの経済学のうちの・古典派経済学は、自由主義的な政治体制と経済体制を保守するという意味で・右派、古典派経済学の考え方をひっくり返すマルクス経済学は・左派と呼ばれるようになります。自由主義だけれども、大きな政府を認めるケインズ経済学は、両者の中間ということで、中道と呼ばれたりします。

また、自由主義を前提とするケインズ経済学をリベラリズム、対するマルクス経済学を社会民主主義と呼んだりもします。ただ、この呼び方ではケインズ経済学と、同じく自由主義を前提とする古典派経済学とが区別できないので、古典派経済学のことは古典的自由主義と呼ぶことがあります。

さて、1970年代までは、各国の経済政策は、国家が経済に積極的に関与するリベラリズムが主流でした。

しかしオイルショックをきっかけにして各国は、高いインフレ率と不況とが同時進行するスタグフレーションに悩まされました。ケインズ経済学の考えに基づいて、金融緩和や財政政策で不況に対処しようとすれば、インフレがさらに悪化してしまうので、各国政府は手も足もでない状況に陥ってしまいます。

そこで登場したのが「新自由主義」です。

大きな政府から小さな政府へと転換し、大幅な規制緩和を行なって、市場原理が重視されました。つまり、ケインズ経済学から、古い経済学寄りに重心が移されたのです。

その典型例がイギリスのサッチャー政権による経済政策で、国営企業の民営化、労働関連法の見直し、社会保障制度改革、金融制度改革などをおこないました。アメリカのレーガン政権も、レーガノミクスと呼ばれた大幅な減税や規制緩和を実施しました。

日本でも、中曽根政権が国鉄や日本電信電話公社、日本専売公社の民営化を断行しました。そして2000年代の小泉政権は、郵政民営化や派遣労働の自由化など新自由主義的な政策を実施しました。

安倍政権では、3本の矢の経済政策が提示され、そのうちの3本目の矢は、規制緩和等により民間投資を喚起する成長戦略とされており、つまりアベノミクスも新自由主義的な経済政策であると言えます。

この「新自由主義」が主流であった時代、経済的格差が非常に大きくなっていきます。

グラフは、所得の格差の度合いを示すジニ係数の推移です。ジニ係数はゼロに近いほど格差がなく、1に近いほど格差が大きいことを示すのですが、1980年代以降、所得の格差が大幅に広がっていることが示されています。オレンジの線は、税金や社会保障制度などでの所得再分配のあとのジニ係数の推移ですが、再分配後でも格差が拡大していることがわかります。

アベノミクス期について見てみると、グラフは、所得の階層別グラフは所得の階層別の人数の増減を示したもので、黒い棒で示されたアベノミクス期には年収400万円から700万円の層が減少し、300万円以下と700万円以上の層が増えて、二極分化したことがわかります。

このような、新自由主義とともに発生した格差の拡大に対処しようというのが、岸田首相の唱える「新しい資本主義」です。

新しい資本主義では、「分配」、つまり、政府が関与して所得の再分配を行い、格差を縮小することが目指されます。右派、中道、左派の分類では、1980年代以降に右派のほうに傾いた天秤の針を、左の方向へ戻す、ということです。

岸田首相は、同じ自民党内の安倍元首相をあからさまに批判したりはしていませが、総理就任時の所信表明で述べた言葉は、「アベノミクスは失敗だったので、この際数十年にわたって続いた日本の経済政策上の基本思想を転換する、と表明したのに等しいということができます。


2. 「分配」と「成長」両立は可能?

右寄りに傾いた天秤の針を、「分配」を重視することにより左の方へ戻すといっても、所得を再分配する政策だけをやっていたのでは、所得の少ない人の支持しか得られず、日本としての明るい未来を描くことができません。そこで岸田首相は、「分配」と同時に「成長」をも目指す、としています。

しかしながら、「分配」と「成長」を同時に達成することは、果たして可能なのでしょうか。

「分配」を最大限に重視するのが共産主義であり、ベルリンの壁が崩され、ソビエト連邦が崩壊したことや、共産主義から資本主義へと転換した中国経済が大躍進したことなどから、分配を重視すれば成長が損なわれる、分配と成長は相反するもの、と考えるのが一般的でしょう。

ただ一方で、格差が拡大し過ぎると、成長に悪影響が出るという考え方もあります。

経済協力開発機構OECDは、調査の結果、格差の拡大が各国の経済成長を低下させたとしています。

グラフは、1985~2005年に起きた格差の拡大が、1990~2010年の20年間合計の一人当たりGDPの変化率をどの程度変動させたかを表したもので、格差の拡大は、ほとんどの国で一人当たりGDPを押し下げたことがわかります。押し下げ幅は、ニュージーランドやメキシコでは10ポイントをも超えており、日本も5ポイント押し下げられたことが示されています。

OECDの調査は、格差が成長を損なう主因は、貧困層ほど教育への投資が不足するからであるとし、格差問題に取り組みことが、力強く、かつ持続可能な成長を促進する、としています。

そのほかにも、低所得者層の不満や怒りにより社会が不安定になったり、救済を求める低所得者の過度な要望によって非効率的な政策が行われたり、低所得者層は資金を借入にくいため投資をしにくいことなどにより、格差拡大が成長を妨げるとも考えられます。

分配をやりすぎ格差が小さくなり過ぎれば経済が崩壊することは歴史が証明しており、逆に、格差が極端に拡大すれば、経済の成長が妨げられるのも間違いがないでしょう。だとすると、このグラフのように、格差が大きすぎも小さすぎもしないどこかに、経済的に最もいい状態があるはずです。

岸田首相は、日本経済はグラフのAのエリアにあり、分配を進めて格差を縮小することで、経済の成長を促進することができると考えている、と言うことができます。

ただ、今の日本経済はグラフのBのエリアにいるという可能性もあります。その場合は、分配政策を進めることにより、日本経済は活力を失って、経済状況が悪化することになるでしょう。


3. 「新しい資本主義」下での政策は?

前回の動画で、日本に財政赤字があるのは、「個人や企業が稼いだお金を使わずに溜め込んでしまっているので、政府が代わりに買い物をしている状態とも言える」というお話をしました。

グラフは、日本の部門別のお金の貸し借りを示したもので、家計と企業の貯蓄の過剰が政府の赤字と対応しているのがわかりますが、よくみると、家計の貯蓄はむしろ減少気味であり、企業は、もともとは赤字だったものが、1990年代中頃に黒字に転換し、それ以降、どんどん貯蓄を拡大していることがわかります。

企業が貯蓄を増やしているということを裏返して言えば、投資を控えているということになります。企業の投資は、一国の経済を成長させる原動力ですので、企業が投資を控えているから、日本の成長が停滞するひとつの要因なのではないか、と考えてみることができるでしょう。

企業が投資を控える大きな理由は、日本国内でモノが売れないということです。将来への不安から貯蓄を増やそうとする風潮があること、富裕層と貧困層へと二極分化するなかで、富裕層は所得の多くを貯蓄してしまい、貧困層は、モノを買いたくてもお金がないことなどから、現在の消費が伸びず、日本の人口は今後減少が見込まれていることから、将来の消費についても増加を見通しづらくなっています。このことが企業の投資を消極的にさせています。

このような日本経済の問題点の解消を目指す岸田首相の「新しい資本主義」には、企業に溜め込んだお金を投資にまわすか、家計に分配するよう促し、富裕層から、中間層や貧困層に所得を再分配する。そして、中間層や貧困層の将来の不安を減らして、彼らに積極的に消費してもらう、という考え方が基本にあります。

「新しい資本主義」という看板のもとで、岸田首相は具体的にどのようなことをしようとしているのか見ていきましょう。

首相就任時の所信表明では、「成長」面と「分配」面とにわけ、「成長」戦略としては「科学技術立国の実現」「デジタル田園都市国家構想」「経済安全保障」「人生百年時代の不安解消」の4つの柱があるとしています。「科学技術立国の実現」というのは、デジタル、人工知能、量子化学、バイオ、宇宙といった分野について、大学を支援して人材を育成したり、研究開発に資金を投入したり、企業の投資を税制で優遇したりして、科学を発展させようということです。

「デジタル田園都市国家構想」は、5Gやデータセンターなどの整備を進めて、地方のデジタル化を進めるということです。

「経済安全保障」は、必需物資を確保したり、技術の流出を防止したり、サプライチェーンを強化したりすることです。

そして「人生百年時代の不安解消」は、フリーランスの保険の整備など、社会保障の仕組みの構築を通じて国民の将来の不安をなくすことで、消費を促進しよう、ということです。

「分配戦略」にも四本の柱があり、第一の柱は「働く人への分配機能の強化」で、大企業による中小企業に対する下請け取引の監督強化や、賃上げを実施する企業への税制支援などが挙げられています。第二の柱は「中間層の拡大と少子化対策」で、教育費や住居費を支援したり、保育や学童保育の制度を整備したり、子育て支援を促進するとしています。第三の柱は「看護、介護、保育などの現場に働く人の収入増」で、第四の柱は、「財政の単年度主義の弊害是正」です。

これらの政策のうちの、先端分野についての企業投資を税制で優遇する措置などは、企業が貯蓄を取り崩して投資をするよう促す政策です。

「人生百年時代の不安解消」は、人々の将来の不安を減らすことで、貯蓄を削減して消費を促すものであり、賃上げを実施する企業への税制支援等は、企業の貯蓄を個人に移して、個人に消費をしてもらおうという政策、「中間層の拡大」は、富裕層から、消費性向の高い中間層や貧困層に所得を再分配する政策、と言うことができます。


4. 「新しい資本主義」は成功する?

グラフは、自民党の総裁選が行われていたころから、現在までの日経平均株価とドル円レートの推移ですが、いずれもトレンドを示すような変化はないので、岸田首相の新政策は、それほど大きなこととは捉えられてはいないようです。しかし「新しい資本主義」の根底にある考え方は、第一章でお話ししたとおり、約40年ものあいだ続いた「新自由主義」を転換しようとするものであり、決して小さなものではありません。

「新しい資本主義」は、「新自由主義」では軽視されがちだった「分配」に、重心を動かそうとするものです。「分配」と「成長」とのつなひきは、中国の近代史をみれば明らかなように、一国の経済を極めて大きく動かす問題であり、「新しい資本主義」が、もしも本気で、かつ長期にわたって進められた場合、日本経済は小さくない変化を経験することになるでしょう。

それが日本経済にとって、いいものとなるのか、悪いものとなるのかは、今はわからず、将来の世代による評価を待つことになります。

ただ、ひとつ言えることは、新自由主義は、高いインフレ率と不況とが同時進行するスタグフレーションに、規制緩和等により企業の生産能力を高めることで対処しようとするものでした。つまり新自由主義は、スタグフレーションの処方箋として登場したのです。

その後日本は、長い長いデフレの時代に突入します。消費を促進しようとする「新しい資本主義」は、デフレ時代への処方箋ということができるでしょう。

ところが昨今、世界的にインフレ基調が鮮明となっており、インフレと景気後退が同時に起きるスタグフレーションの懸念が高まっています。インフレの波は日本にも及ぼうとしており、また世界景気が悪化すれば、その影響は必ず日本にも現れます。もし日本経済がスタグフレーションに陥るのだとすれば、「新しい資本主義」というデフレに対抗する薬は、全く誤ったタイミングでの処方となるのかもしれません。


Some clues...

省略(動画本編でご覧ください)

 

16世紀の広西壮族のスーパーヒロイン瓦氏夫人をモデルとして描く大河小説。
2021年12月28日第2版発行




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