フォトギャラリー 武漢

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宋慶齢故居

宋慶齢故居1 宋慶齢故居2
武漢国民政府の財政部だった建物。宋慶齢は1926年末から1927年夏までをこの建物の二階で過ごした。弟の宋子文も1927年3月に上海に行くまでここに住み、執務した。 2階に階段であがったところ。この扉の向こうに廊下を隔てて宋慶齢の居室があった。

 小島譲次は漢口の財政部二階の薄暗いロビーで奥の部屋から声が掛かるのを待っている。
(中略)
 音のないロビーでさらに数分を待つ。
 奥の部屋のドアがゆっくりと開いた。
 黒いシルクのドレスをまとった宋慶齢が現れた。
 慶齢はドアをでて立ち止まり、たおやかで、おだやかでありながらも、明るくて、甘い笑顔をみせた。 (中略)
 小島は魔術にかかったかのようにその場で動けなくなった。このロビーには太陽光がほとんどはいってきていない。明るい奥の部屋を背にして開いたままのドアの前に立つ慶齢が、まるで全身から光を発しているように見えた。

宋慶齢故居から長江
2階から長江方向。当時は道路の向こうはすぐに長江だったはずで、長江に浮かぶ英国艦船がよく見えたはず

 小島は窓のそとへ視線を動かした。黒に近い灰色の長江のうえに、水面とほぼ同色の軍艦が数隻停泊しているのがみえる。
「党の分裂を心配するよりも、列強との衝突を先に心配すべきなのかもしれないな。武漢市民の反帝国主義意識は相当に強い。特に反英感情はひどい。イギリス租界を歩いてみればそれを痛感するよ。列強の長江上からの威圧も相当なものだ。いつでもかかってこいという感じだ」
「これでも一時に比べれば改善したのだよ。冬になり水位が下がると喫水の深い艦はここからでられなくなってしまうから、駆逐艦の多くは先月末には武漢を離れた。いま残っているのは喫水の浅いガンボートがほとんどだ。一時はデモ隊と列強の陸戦隊との衝突がいつあってもおかしくなかったが、列強の軍艦が減ったおかげで緊張が薄れている。いまは租界のデモ行進も整然としているよ」
 小島は窓から長江の軍艦の数を指で数えながらいった。

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武漢駅(大智門車站)

武漢駅(大智門車站)1 武漢駅(大智門車站)2
北京から武漢への鉄道の終着駅だった。 電線がじゃまだけれども、正面から

小島は耳を貸さずに北京と漢口とを結ぶ京漢鉄道に乗った。荒野を走る二泊三日の退屈な汽車旅ののちにたどり着いた武漢は、労働運動と反帝国主義、特に反英の気勢に覆われていた。

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