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明史 列伝第九十三(朱紈部分)

【仮訳】朱紈、字は子純、長洲の出身。正徳16年(1521年)の進士である。景州の知州に任じられ、開州に異動した。嘉靖初年(1522年)、南京刑部員外郎に転じる。四川兵備副使を歴任。副総兵の何卿と共に防備堅牢の反乱民を平定した。五番目の任は広東左布政使であった。嘉靖25年(1546年)右副都御史に抜擢され、南贛巡撫を兼務した。明年7月、倭寇の活動が活発になるに伴い、浙江・福建海防軍務提督兼浙江巡撫に改められた。

【繁体字】朱紈,字子純,長洲人。正德十六年進士。除景州知州,調开州。嘉靖初,遷南京刑部員外郎。歴四川兵備副使。与副総兵何卿共平深溝諸砦番。五遷至広東左布政使。二十五年擢右副都御史,巡撫南贛。明年七月,倭寇起,改提督浙、閩海防軍務,巡撫浙江。

【簡体字】朱纨,字子纯,长洲人。正德十六年进士。除景州知州,调开州。嘉靖初,迁南京刑部员外郎。历四川兵备副使。与副总兵何卿共平深沟诸砦番。五迁至广东左布政使。二十五年擢右副都御史,巡抚南赣。明年七月,倭寇起,改提督浙、闽海防军务,巡抚浙江。


【仮訳】もともと明祖は「板一切れも海に浮かべることは許されない」と定めた。時を経て、姦民が不法に海に出入りし、倭人やポルトガル人など諸国の人々を導き入れ交易を行うようになった。福建人の李光頭、安徽省南部の人許棟が寧波の双嶼に拠って、その地を牛耳っていた。勢家でこれを支援するものは漳洲、泉洲に多く、婚姻で通じるものもあった。渡河を目的とする船であると偽り、二本マストの大船を造り、違法の物品を積載したが、官吏もそれを摘発しようとはしなかった。また、債務を負うもがあれば、許棟らはこれを誘い入れて略奪を行った。債務を負う者が官吏に捕縛されること脅えているのであれば、官吏が出動する時を漏らし彼らを逃がした。そうして債務者に期限どおりに返済させるのだが、返済期日を過ぎたあとも負債はもとと変わることはない。倭人は大いに恨み、一方で許棟と合するものも増えた。浙江、福建の海防は堕落し、戦船、偵察船は十のうち一か二しかなく、漳洲、泉洲を調査すると弓兵はもともと二千五百余だったものが千人しかいない。略奪は簡単に成功し、躊躇する必要は益々なくなり、次から次へと試みるものが現れた。

【繁体字】初,明祖定制,片板不許入海。承平久,奸民闌出入,勾倭人及佛郎機国入互市。閩人李光頭、歙人許棟踞寧波之双嶼為之主,司其質契。勢家護持之,漳、泉為多,或与通婚姻。假済渡為名,造双桅大船,運載違禁物,将吏不敢詰也。或負其直,棟等即誘之攻剽。負直者脇将吏捕逐之,泄師期令去。期他日償,他日至,負如初。倭大怨恨,益与棟等合。而浙、閩海防久墜,戦船、哨船十存一二,漳、泉巡検司弓兵旧額二千五百余,僅存千人。剽掠輒得志,益無所忌,来者接踵。

【簡体字】初,明祖定制,片板不许入海。承平久,奸民阑出入,勾倭人及佛郎机诸国入互市。闽人李光头、歙人许栋踞宁波之双屿为之主,司其质契。势家护持之,漳、泉为多,或与通婚姻。假济渡为名,造双桅大船,运载违禁物,将吏不敢诘也。或负其直,栋等即诱之攻剽。负直者胁将吏捕逐之,泄师期令去。期他日偿,他日至,负如初。倭大怨恨,益与栋等合。而浙、闽海防久坠,战船、哨船十存一二,漳、泉巡检司弓兵旧额二千五百余,仅存千人。剽掠辄得志,益无所忌,来者接踵。


【仮訳】朱紈は沿海を視察し、なにごともおろそかにせず人々の話を聞いて、「渡海を禁じなければ沿海部は清らかにならない。保甲を厳しくしなければ海防は復旧しない」と言って、状況を具体的に挙げて上疏した。そして渡海を禁じ、保甲を厳格にし、姦民を逮捕した。福建人は収入や衣食を海に拠っており、突如大きな利を失った。士大夫も損をし、新制度が破棄されることを欲した。朱紈は鼎山の賊を討伐し旧に復した。明年には双嶼を攻め、海道副使の柯喬、都指揮の黎秀に手分けして漳州、泉州、福州、寧波に進駐させ、賊を禁じ四散させ、福清の兵を都司の盧鏜に率いさせて海門に入れた。日本の貢使策彦周良が旧約に違反し、六百人をもって貢期に先立って来渡した。朱紈は自らの判断で適宜処分するようにとの詔書を受けている。日本へ引き返すことは難しいので、策彦周良が自らすすんで今後のための先例としないと申し出ることを条件にして、船の積載物を記録したうえで、貢使を寧波の賓館に招き入れた。姦民が貢使に決起を促す投書を行ったが、朱紈は周到に防備し、謀計は失敗に終わった。夏四月、盧鏜は九山洋で賊に遭遇し、日本人の稽天を捕らえ、許棟を逮捕した。許棟の郎党の汪直等が逃走した残りの賊を収容した。盧鏜は双嶼を塞ぎ復旧できなくした。以後南蛮船は来航しても入港することはできず、南麂、礁門、青山、下八諸島に分かれて停泊した。

【繁体字】紈巡海道,采僉事項高及士民言,謂不革渡船則海道不可清,不厳保甲則海防不可復,上疏具列其状。于是革渡船,厳保甲,搜捕奸民。閩人資衣食于海,驟失重利,虽士大夫家亦不便也,欲沮壊之。紈討平覆鼎山賊。明年将進攻双嶼,使副使柯喬、都指揮黎秀分駐漳、泉、福宁,遏賊奔逸,使都司盧鏜将福清兵由海門進。而日本貢使周良違旧約,以六百人先期至。紈奉詔便宜処分。度不可却,乃要良自清,后不為例。録其船,延良入寧波賓館。奸民投書激変,紈防范密,計不得行。夏四月,鏜遇賊于九山洋,俘日本国人稽天,許棟亦就擒。棟党汪直等收余众遁,鏜筑塞双嶼而還。番舶后至者不得入,分泊南麂、礁門、青山、下八諸島。

【簡体字】纨巡海道,采佥事项高及士民言,谓不革渡船则海道不可清,不严保甲则海防不可复,上疏具列其状。于是革渡船,严保甲,搜捕奸民。闽人资衣食于海,骤失重利,虽士大夫家亦不便也,欲沮坏之。纨讨平覆鼎山贼。明年将进攻双屿,使副使柯乔、都指挥黎秀分驻漳、泉、福宁,遏贼奔逸,使都司卢镗将福清兵由海门进。而日本贡使周良违旧约,以六百人先期至。纨奉诏便宜处分。度不可却,乃要良自请,后不为例。录其船,延良入宁波宾馆。奸民投书激变,纨防范密,计不得行。夏四月,镗遇贼于九山洋,俘日本国人稽天,许栋亦就擒。栋党汪直等收余众遁,镗筑塞双屿而还。番舶后至者不得入,分泊南麂、礁门、青山、下八诸岛。


【仮訳】勢家は利を失い、捕らえられた者はみな良民であり、賊ではないと訴えて、人心を揺るがした。また官吏を脅迫し、脅迫されて悪事をはたらいたりさらわれたりするのはまだいいほうで、強盗をはたらき捕縛を拒むものすらあった。朱紈の上疏にいわく「今日海禁は明確であるのに、何故さらわれ、何故脅迫に応じるのかわからない。外国人を受け入れ海賊を導いて強盗をなし、海洋で敵対し捕縛を拒むようなごときは、臣は暗愚であり、実際のところ理解できない」。朱紈は適宜殺戮を行う権を与えられた。

【繁体字】勢家既失利,則宣言被擒者皆良民,非賊党,用揺惑人心。又挟制有司,以脇从被虜予軽比,重者引強盗拒捕律。紈上疏曰:“今海禁分明,不知何由被虜,何由協従?若以入番導寇為強盗,海洋敵対為拒捕,臣之愚暗,実所未解。”遂以便宜行戮。

【簡体字】家势家既失利,则宣言被擒者皆良民,非贼党,用摇惑人心。又挟制有司,以胁从被掳予轻比,重者引强盗拒捕律。纨上疏曰:“今海禁分明,不知何由被掳,何由协从?若以入番导寇为强盗,海洋敌对为拒捕,臣之愚暗,实所未解。”遂以便宜行戮。


【仮訳】朱紈は法を厳格に執行し、勢家はみなそれをおそれた。遣明使策彦周良の処置は既に確定しているにもかかわらず、福建人の主客司林懋和は、遣明使を追い返すべきだと主張した。朱紈は中国が諸外国を制するためには大信を守らなければならない、と強く争った。かつ曰く「外国の賊を除くのはたやすいが、中国国内の賊を除くのは難しい。中国沿海の賊を除くことはまだよいのだが、中国の衣冠をつけた盗を除くことは極めて困難だ」。福建人、浙江人の恨みは増し、ついには策彦周良を再び海嶼に停泊させ、そこで貢期を待たせた。吏部用御史の福建人周亮および給事中の葉鏜は、朱紈を巡撫から巡視に降格するよう上奉し、その職権を剥奪した。朱紈は憤慨し、ふたたび明年春に上疏して言った。「臣は海防の建て直しをすすめておりますが、それには多少順序がありますのに、周亮が臣の権を削ったので、属吏が命に従おうとしません」。さらに、国是を明らかにし、政体を正し、綱紀を粛正し、要害を守り、災いのもとを除き、断じて行う、という六項目を述べたが、そこでも憤激の言葉が多かった。朝廷の士大夫の中にも浙江、福建の人の言葉を先ず容れ、朱紈をよくおもわない人がいた。

【繁体字】紈執法既堅,勢家皆惧。貢使周良安插已定,閩人林懋和為主客司,宣言宜発回其使。紈以中国制馭諸番,宜守大信,疏争之強。且曰:“去外国盗易,去中国盗難。去中国瀕海之盗犹易,去中国衣寇之盗尤難。” 閩、浙人益恨之,竟勒周良還泊海嶼,以俟貢期。吏部用御史閩人周亮及給事中葉鏜言,奏改紈巡視,以殺其権。紈憤,又明年春上疏言:“臣整頓海防,稍有次第,亮欲侵削臣権,致属吏不肯用命。”既又陳明国是、正憲体、定紀綱、扼要害、除禍本、重断决六事,語多憤激。中朝士大夫先入浙、閩人言,亦有不悦紈者矣。

【簡体字】纨执法既坚,势家皆惧。贡使周良安插已定,闽人林懋和为主客司,宣言宜发回其使。纨以中国制驭诸番,宜守大信,疏争之强。且曰:“去外国盗易,去中国盗难。去中国濒海之盗犹易,去中国衣寇之盗尤难。”闽、浙人益恨之,竟勒周良还泊海屿,以俟贡期。吏部用御史闽人周亮及给事中叶镗言,奏改纨巡视,以杀其权。纨愤,又明年春上疏言:“臣整顿海防,稍有次第,亮欲侵削臣权,致属吏不肯用命。”既又陈明国是、正宪体、定纪纲、扼要害、除祸本、重断决六事,语多愤激。中朝士大夫先入浙、闽人言,亦有不悦纨者矣。


【仮訳】朱紈はこれまで温州、盤石衛、南麂の諸賊を討伐し、三ヶ月にわたって戦い続け、これを大いに破り、さらに處州の鉱山の盗賊を平定した。その年の三月、ポルトガル人が詔安を劫掠した。朱紈は李光頭等96人を捕らえ、再び簡単に殺戮した。その経緯を記した上聞に、またもや諸勢家を侵す言葉があった。御史陳九徳はついに朱紈を擅殺の刑で弾劾した。朱紈は職を追われ、兵科都給事の杜汝禎に捜査が命じられた。朱紈はこれを聞き、憤慨し涙して言った。「私は貧しくかつ病弱で、プライドもあるので、訊問に耐えられない。たとえ天子が私の死を望まなくても、福建、浙江人が必ず私を殺す。私は死ぬ、自ら命を断つ、人の助けは借りない」。墓誌を自撰し、辞世の詩をしたためて、薬をあおって死んだ。嘉靖29年(1550年)、給事中の杜汝禎と巡按御史の陳宗夔が帰朝し、姦民が違法取引を行い捕縛を拒んだだけであって、王を僭称し略奪を行った事実はなく、よって朱紈を壇殺に処すべきとした。朱紈の逮捕令が出されが、朱紈は既に死んでいた。柯喬、盧鏜等も併せて死罪とされた。

【繁体字】紈前討温、盤、南麂諸賊,連戦三月,大破之,還平處州礦盗。其年三月,佛郎機国人行劫至詔安。紈撃擒其渠李光頭等九十六人,復以便宜戮之。具状聞,語復侵諸勢家。御史陳九徳遂劾紈擅殺。落紈職,命兵科都給事杜汝禎按問。紈聞之,慷慨流涕曰:“吾貧且病,又負气,不任対簿。縦天子不欲死我,閩、浙人必殺我。吾死,自决之,不須人也。”制壙志,作絶命詞,仰薬死。二十九年,給事汝禎、巡按御史陳宗夔還,称奸民鬻販拒捕,無僭号流動事,坐紈擅殺。詔逮紈,紈已前死。柯喬、盧鏜等并論重辟。

【簡体字】纨前讨温、盘、南麂诸贼,连战三月,大破之,还平处州矿盗。其年三月,佛郎机国人行劫至诏安。纨击擒其渠李光头等九十六人,复以便宜戮之。具状闻,语复侵诸势家。御史陈九德遂劾纨擅杀。落纨职,命兵科都给事杜汝祯按问。纨闻之,慷慨流涕曰:“吾贫且病,又负气,不任对簿。纵天子不欲死我,闽、浙人必杀我。吾死,自决之,不须人也。”制圹志,作絶命詞,仰薬死。二十九年,给事汝祯、巡按御史陈宗夔还,称奸民鬻贩拒捕,无僭号流劫事,坐纨擅杀。诏逮纨,纨已前死。柯乔、卢镗等并论重辟。


【仮訳】朱紈は清く強く厳しく直であり、勇気をもって任にあたった。国家のために乱の源を断とうとしたが、勢家により罪に落とされた。朝野は大きなため息をついた。朱紈の死後、巡視大臣は派遣されなかった。内外の人々は手を振って海禁のことを敢えて言おうとはしなくなった。浙江の41の衛所、439の戦船は、ことごとく縮減された。朱紈は福清の兵を使って四十余の賊船を捕らえ、それらを沿海に配備した。台州の海門衛にはそのうちの14が配され、黄岩の防衛にあてられたが、海道副使の丁湛はこれを廃止した。軍備は縮小され海禁は緩んだ。間もなく海冦は猛威をふるい、東南の者を十四年にわたって苦しめることになる。

【繁体字】紈清強峭直,勇于任事。欲為国家杜乱源,乃為勢家構陥。朝野太息。自紈死,罷巡視大臣不設,中外揺手不敢言海禁事。浙中衛所四十一,戦船四百三十九,尺籍尽耗。紈招福清捕盗船四十余,分布海道,在台州海門衛者十有四,為黄岩外障,副使丁湛尽散遣之,撤備馳禁。未几,海寇大作,毒東南者十余年。

【簡体字】纨清强峭直,勇于任事。欲为国家杜乱源,乃为势家构陷,朝野太息。自纨死,罢巡视大臣不设,中外摇手不敢言海禁事。浙中卫所四十一,战船四百三十九,尺籍尽耗。纨招福清捕盗船四十余,分布海道,在台州海门卫者十有四,为黄岩外障,副使丁湛尽散遣之,撤备驰禁。未几,海寇大作,毒东南者十余年。




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