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居酒屋「栄」の成功の秘訣

(2002年2月15日記)


去る2月3日、上海のオークラ・ガーデンホテルにおいて「栄's Strategy」と題するビジネスセミナーが開催されました。栄は、過当競争が続く上海日本レストラン業界において一人勝ちと言ってもいいほどの好調を維持している居酒屋です。そこの若い女性マネジャーを招いて、ビジネスコンサルタントからのインタビューに答える形でセミナーはとりおこなわれました。

本稿は、このセミナーと筆者が行った事前ヒアリングの結果に基づき、居酒屋栄の成功の秘訣についてまとめたものです。読者の方々に中国でのサービス業成功の糸口を見い出していただければ幸いです。


上海には日本食レストランが乱立し、その数は200とも300とも言われている。市内を車で少し移動すればすぐに日本食レストランを見つけることができる。過当競争が続いているが、それでも次から次へと数が増えていき状況は悪化の一途をたどっている。生き残りを図る店は、味の向上に努めたり、激安食べ放題路線に走ったりしているがあまり効果は上がっていないようだ。何の特徴もない店では毎日閑古鳥が鳴いている。

そんな中で一人勝ちといってもいいほどの好調を維持している店が「居酒屋栄」だ。現在上海市内に3つの居酒屋(および2つのスナック)を有するが、いずれも予約なしではすぐに席につけないほどの賑わいである。

栄は“美味い店”と言われているわけでもなく、安いわけでもない。ではなぜこんなに人が入るのか。その理由を考えてみたいと思う。一居酒屋チェーンに過ぎないと言えばそれまでなのだが、そこには中国でサービス業を成功させるための秘訣が隠されているように思う。

先日「栄's Strategy」と題するビジネスセミナーが開催され、栄の若い女性マネジャーがレクチャーを行った。筆者は、セミナーの下準備のために彼女にインタビューをする機会があった。そこで以下、彼女のレクチャーとインタビューに基づいて、筆者なりに栄戦略をまとめてみたい。

◆進出は1994年

上海に住む人なら知らない人のない栄だが、まずはこの店について簡単に紹介しておく。

栄の進出は1994年。市の中心の、ヒルトンホテル等3つのホテルが集まる地域に小さい居酒屋を開いたのが始まりである。オープン直後より周辺ホテルの日本人出張者の利用が多く客の入りは上々であった。1996年にその居酒屋の上の階にスナックをオープン。当時はまだ日本人向けスナックが多くはなかったことも助け、こちらも大いに賑わうこととなった。続く1997年に花園飯店(ホテルオークラ系)等やはり3つのホテルが集まる地域に“2号店”と呼ばれるスナックをオープンした(“1号店”からは車で約10分の所に位置する)。そして2000年に日本人が集中して居住している虹橋地区に居酒屋とスナックを併設する“3号店”をオープンした。1号店の2倍ほどの規模の大きな店である。2001年には3号店は道路拡張工事のために立ち退かざるを得なくなり、3ヶ月の休業の後、同じ虹橋地区内で移転した。その際、店の広さはさらに拡張され、1号店から比べれば3倍程度の大きさとなった。

会社形態についてはあまりはっきりしたことを聞かせてはもらえなかったのだが、オーナーは日本で不動産業を営む日本人。進出当初はよく上海にも来たそうだが、このところは若く有能な女性マネジャーに任せきりなようで顔を見せることはない。中国人パートナーがいるがこちらも表に出てこない(その妹さんがスナックの店長となっているが)。増資したのか別会社を作ったのかは教えてもらえなかったが、現在はマネジャー嬢も出資者の一人となっているそうだ。

居酒屋栄の大きな特徴はそのサービスにある。ウェイトレスが大変明るく、客が暇そうにしていると積極的に話しかけてくる。スナックと居酒屋の中間にあるサービスといってもいいかもしれない。といってもいかがわしさは全くない。彼女達と明るく楽しく会話をするだけである。静かに商談をしたいような時には、あまりふさわしくない店といえるかもしれない。

◆栄は居酒屋界のディズニーランドだ!

栄の強さの第一は、“ディズニーランド流サービス”である。

まずはきめの細かいマニュアル化。ディズニーランドは「キャスト」と呼ばれる従業員の振る舞いをマニュアルにより大幅にコントロールしている。服装はもちろん、髪型から化粧、見のこなしまで細かく決めているが、それはアメリカ中西部の保守的中産階級の人々が見ていて心地よい姿が作り出されているという。他方で栄のキャスト達は、日本のオジサン層がイメージする理想の娘像が表現されている。明るく、やさしく、謙虚で、よく働く女の子たちであるように教育されている。

栄には分厚いマニュアル本があり、そこには、客のあらゆる行動や発言が想定され、それに対する対処法が記されている。紙にされていなくてもマニュアル的に一定の行動が求められている事項もある。例えば、客から「きれいだね」と言われれた時に「ありがとう」と応えては謙虚さがない。全てのウェイトレスが「ウソデモウレシイ」と応えてオジサン達を喜ばせるのだ。

もう一つのディズニーランド流サービスの例は、客を常にエンターテインするということ。例えばディズニーランドは待ち時間をも重視する。アトラクション入場前の長い列ではミッキーやグーフィーが近づいてきて楽しませてくれたり、これから入るアトラクションの概要説明を凝ったビデオで見せたりと、長い行列を飽きさせない工夫がなされている。栄も待ち時間をエンターテインしている。一人で食事をする際など、食事がでてくるまでの時間は何とも手持ち無沙汰を感じるものだが、栄ではそれはない。暇そうにしている客を見つけると次から次へとウェイトレスが話かけてくる。出張者は一人で食事をしなくてはならないことが多いが、こうした出張者を栄はしっかりおさえている。


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