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本ページでは他サイト等に掲載された大薗治夫の過去の著作物を再掲しています。

シルクロードはともかく盛り沢山だ

―― あ~~尻がいたい

ウルムチ行きの飛行機の中、上海を出てからもう3時間である。子供が走り回っていて寝ようとしても騒がしくてそれどころではない。本を読もうにもこの"IL86"とか言う聞いたこともないロシアの飛行機には読書灯もついていない。やむを得ずパソコンを取り出し仕事をしていると、スチュワーデスがやってきて「飛行中はパソコンを使わないで下さい」と言う。パソコンを使ってはいけないのは離陸時と着陸時のみではないかと言ってみたが「当社の規定だから」と取り合ってもらえない。トイレの壁を背にした席なので、シートは倒れないどころか、ほとんど90度に立っている。こんな席に長時間座っていたら猫でも背筋が伸びてしまう。前の席は限界まで背もたれを倒しており背もたれが鼻にあたりそうだ。ウルムチまでまだ後1時間。辛い。

新彊は遠い。上海―ウルムチの飛行時間は4時間。上海から新彊の西端にあるカシュガルまで4000キロ程度。パキスタンが目と鼻の先で午後9時でもまだあたりが明るい。

むかしの新彊はもっと遠かった。1930年頃にある青年が新彊の役人となるべくウルムチを目指したが、北京からまず船で神戸へ出て、敦賀経由ナホトカに行き、シベリア鉄道に乗り換え、ぐるりとまわってロシアと中国の国境そばの町イリを通ってウルムチにたどり着いたという。気の遠くなる話である。

新彊は大きい。新彊・ウイグル自治区の面積は160万平方キロメートル。つまり日本の4倍以上だ。アルタイ、天山、カラコルム・コンロンの3つの山脈、グルバンテュンギト、タクラマカンの2つの砂漠を擁する。地理でも習ったとおり、カラコルム山脈にはエベレストに次ぐ世界第二の高さを誇るK2があり、タクラマカンはサラハに次ぐ世界第二の大砂漠だ。新彊・ウイグル自治区には漢族を入れて13の民族が住んでいるそうだ。それぞれが顔つきも服装も大きく異なっている。中華人民共和国が多民族国家だということを痛感させられる。

こんなに遠くて大きい新彊への旅行である。今回の旅行は規模の大きいものであった。数字で示せば、走行距離(飛行機による移動を含む)は約1万3千キロ、標高差約3600m(最高3600メートル、最低0メートル)、温度差約30度(最高49度、最低20度)、出会った民族の数4(漢族、ウイグル族、カザフ族、キルギス族(外国人を除く))、そして使った金額は約2万元……

本シリーズの題名「中国は広い」。それを真に感じることのできるシルクロードの旅である。

「天地- 、これほど優美な響きを持ち、そしてこれほどその名にふさわしい、美しい湖があるだろうか?……(中略)…… 青々とした湖面はあくまで澄み、その周りを取り巻く針葉樹林の緑、そしてボゴダ山の白が生み出す一大パノラマは、見慣れた中国風景と違い、あたかも北欧の風景のようだ」

これは「地球の歩き方39 中国B西安とシルクロード」より抜粋したものだが、この表現に魅せられてウルムチから150キロメートルの天地にやってきた。左手にジュンガル盆地の不毛の大地、右手にボゴダの山並を見ながら高速道路を約1時間、それから山道をのぼること30分。ついに天地につくというとき、いやがおうにも期待は高まる。

ところがである。最初に目に入ったのは青々とした湖面でも白いボゴダ山でもなく、黒い煙を吐く遊覧船であった。遊覧船が湖面を忙しく走り回っている。また湖畔は観光客でいっぱいである。湖面をよくよく見れば遊覧船の出す油が浮いている。北欧というよりは河口湖だ。

ただ、ガイドブックのことばで大きな期待をしていたものにはちょっとガッカリであるが美しいことは美しい。湖面の色は青でなく深い緑であるがこれは季節にもよるようだ。絵葉書を見ると春は比較的青いようである。この季節(9月)は、雪解けにより1年で最も水面が高くなる時期だそうで、湖畔の作り付けのテーブルなどが水没しているところをみると、通常より1メートルは高くなっているに違いない。このため湖のそばにあるゴミなどがいろいろと流れ込んでいるのだろう。この湖は、もし湖面がもう少しきれいでかつ人が少なければ結構美しい。春に訪れた方がよいのだろう(ただし実際に見たわけではないので確証はない)。秋でもちょっと高いところへ登ってみるとよい。湖面の汚れも湖畔の人込みも見えにくくなり、視野には深い緑の湖と白いボゴダ山のみとなる。

湖畔のレストランで昼食をとる。カラオケが大音量で流れている。自然の中にいるのだから、音楽などいらないじゃないか。中国にしばらく滞在した人なら誰でも感じることではあるが音に対する感覚というのは我々とは相当に異なるようだ。飛行機の中でも大きな音で音楽が流れているし、家の中ではテレビをつけずにはおられないようだ。携帯電話で話している時は100メートル先でも聞こえそうな声である。これはどうしてなのだろう。上海人など都市住民については「普段雑踏の中で生活しているから、音がないとさみしいのだ」と説明ができる。しかし天地のレストラン従業員は都市住民ではないはずだ。説明としてもっともらしいのは「中国では昔から自然と戦いながら生活してきた。よって自然の状態よりは音楽が流れるという人工の状態を好む。他方日本では自然と戦うというよりはむしろ適応して生活することが目指されてきた」というものだろうか。

帰りがけにパオに立ち寄る。中で馬乳酒とミルク茶が出された。どちらも臭いがきつく私は口をつけただけであった。

(参考文献は本シリーズ終了時にまとめて掲載)

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